No 12 がん治療法情報:2

犬や猫では人医療と異なり、個別化医療や精密医療の開発は難しいと思いますので、既存薬の新しい使い方など、獣医療でも可能性が考えられるがん治療法その2を紹介します。
M Tsuda 2025.01.29
誰でも

4. ジゴキシンで癌細胞の塊を溶解して転移を防ぐ
5. “痛みのない”電気刺激によってがん細胞の増殖と転移が抑制される
6. 非毒性バクテリアを用いた高死亡率癌の治療

***

4. ジゴキシンで癌細胞の塊を溶解して転移を防ぐ ~ ETH Zurichなど

腫瘍の種類によっては、発生部位に留まらず、体中に広がり転移します。これは、原発腫瘍が継続的に血液中に癌細胞を放出するためです。これらの循環腫瘍細胞(circulating tumour cells; CTC) は、最大12個の細胞からなる小さなクラスター(細胞凝集体)に集まり、原発巣や転移巣から血流中に放出される生きた細胞であり、転移の初期段階に関与し、他の臓器に定着することがあります。そこでクラスターは転移と呼ばれる大きな腫瘍に成長します。転移性腫瘍は依然として大きな医学的問題であり、毎年、世界中で約700万人が転移性腫瘍で亡くなっています。
CTCのクラスターは、単一のCTCよりも高い転移能力と予後不良との関連性が示されています。

拡散する腫瘍の一例は乳がんです。原発腫瘍が転移すると、生存の可能性は急激に減少します。世界中で何万人もの女性が乳がんによる遠隔転移で亡くなっています。そのため、腫瘍学者は転移の形成を防ぐため、腫瘍の塊を弱めるか破壊する方法を模索しています。

FDA承認薬2,486種類を用いたスクリーニングにより、心配糖体などのNa+/K+ ATPase阻害剤がCTCクラスターを効果的に単一細胞に溶解し、乳癌マウスモデルにおいて転移抑制につながることが示されました。

CTC クラスターの弱点は、腫瘍細胞の膜内にあり、細胞からナトリウムを運び出し、カリウムを細胞内に取り込む役割を担うナトリウム-カリウム ポンプ (Na+/K+-ATPase とも呼ばれる) です。ジゴキシンはこれらのイオンポンプをブロックし、イオン交換を抑制します。その結果、細胞は細胞膜の外側からより多くのカルシウムを吸収します。これにより、クラスター内の癌細胞の凝集力が弱まり、クラスターは個別細胞に崩壊します。

これらの知見を受けて、Digoxin Induced Dissolution of CTC Clusters (DICCT)試験が、転移性乳がん患者において、Na+/K+ ATPase阻害薬ジゴキシンが安全かつ忍容性の高い用量レベルでCTCクラスターを破壊できるかどうかを検討することを目的とした、多施設共同、前向き、first-in-human proof-of-concept、単群、治療探索的第1相試験(n=9)として設定されました。
ジゴキシン(0.125~0.250 mg/日)を7日間投与し、血清中ジゴキシン濃度を0.7 ng/mL以上に維持することを目標としました。

試験の結果、ジゴキシンは、転移性乳がん患者のCTCクラスターサイズを部分的に縮小することが、明らかになりました。この効果は、ホモタイプとヘテロタイプ両方のクラスターで観察されました。また、ジゴキシン血清濃度の上昇と、CTCクラスターサイズの縮小との間に相関関係が示唆されました。
RNAシークエンシングの結果、ジゴキシン治療後に、細胞周期関連遺伝子と細胞接着分子の遺伝子発現が有意にダウンレギュレーションされていることがわかりました。
ジゴキシン治療による重篤な有害事象は認められませんでした。

4T1乳がん細胞をマウスに注入し、発生したCTCクラスターをサイズごとに分離し、尾静脈から腫瘍のないマウスに注入する実験の結果、4細胞以上のCTCクラスターは、より小さなクラスターと比較して、より高い転移能を持つことが示されました。

研究結果の限界と問題点

  • サンプルサイズ(n=9)が小さいため統計的な検出力が低い可能性がある。

  • CTC数の変動:患者間および患者内でのCTC数の変動が大きく、結果の解釈を困難にする可能性がある。

  • 血液サンプリングの時間:本研究では、午前中に比較的少量の血液サンプルを採取したため、CTCの変動を十分に捉えられていない可能性がある。
    過去の研究では、CTCの血管侵入率は睡眠中に最も高いことが示されており、より頻繁な夜間サンプリングが有効な可能性がある。

  • ジゴキシンは比較的低用量(維持量)で使用されたため、クラスターサイズの縮小効果は軽度であった可能性がある。

  • 臨床転帰の未評価: この研究は概念実証試験であり、臨床転帰(新しい転移の発症など)は評価されていない。

今後の展開

次のステップでは、研究者らは、CTC クラスターの溶解にさらに優れたジゴキシンベースの新しい分子を開発したいと考えています。ETH のスピンオフ企業である Page Therapeutics はすでにこの解決策に取り組んでいます。

論文タイトル:Digoxin for reduction of circulating tumor cell cluster size in metastatic breast cancer: a proof-of-concept trial
(転移性乳がんにおける循環腫瘍細胞クラスターサイズの縮小のためのジゴキシン:概念実証試験)
Nat Med. 2025 Jan 24. doi: 10.1038/s41591-024-03486-6.
PMID: 39856336

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5. “痛みのない”電気刺激によってがん細胞の増殖と転移が抑制される ~ 九州大

  • がん細胞から生体を守るための免疫機能の活性(がん免疫)は朝と夜で異なる

  • 微弱な電気刺激をマクロファージに与えることで、がん免疫を活性化できることを発見

  • この治療法の幅広い応用を目指し九大発ベンチャーchicktekを設立、がん治療のみならず、健康増進、畜産業などの様々な分野に応用することを目指す

生体は元来、身体の中に発生したがん細胞を排除する機能をいくつか有しています。その中でも重要な機能の一つが、”がん免疫”と呼ばれる、白血球をはじめとした免疫細胞が、がん細胞を死滅させる能力です。免疫チェックポイント阻害薬をはじめ、いくつかのがん治療薬がこの”がん免疫”を標的としていることからも、がん免疫の活性化(がん免疫療法)はがん治療の強力な手段の一つとなっています。
T細胞免疫チェックポイント阻害薬は、PD-1やPD-L1を標的とする治療法ですが、一部のがん(メラノーマや肺がんなど)では効果があるものの、乳がんでは効果が限定的です。

マクロファージは、がん細胞を貪食するだけでなく、抗原提示やサイトカイン産生を通じて免疫細胞を活性化し、腫瘍の成長を抑制する役割を果たします。マクロファージの貪食活性は、サーカディアンリズム(概日リズム)によって調節されており、時間依存的な変動を示します。このため、マクロファージのサーカディアンクロック機構を操作することで、がん免疫療法への新しいアプローチとなる可能性があります。

また、マイクロカレント刺激(MCS)は、炎症、増殖、リモデリングを促進することが知られていますが、マクロファージの機能調節における応用は限られています。

研究グループは、細胞実験で、痛みを伴わないレベルの微弱な電気刺激をマクロファージに与えることで、マクロファージによるがん免疫を活性化出来ることを新たに明らかにしました。また、乳がん、肝臓がん、卵巣がんを移植したマウスに微弱電気刺激を与えると、腫瘍内のマクロファージ浸潤を増加させ、がん細胞の貪食を促進し、がんの増殖や転移が抑制され、生存日数が長くなることも明らかにしました。

この研究は、マクロファージのサーカディアンクロック機構を標的としたMCSが、がん免疫療法の新しい戦略となる可能性を示唆しています。

研究チームは2021年より、九州大学発ベンチャーとして株式会社chicktekを立ち上げ、微弱電気刺激を用いた新たな機器やその使用法の開発を進めています。そして、これらをがん治療のみならず、他の疾患治療、健康増進、畜産業などの様々な分野に応用することを目指し、更なる研究と開発を進めています。数年内に、加齢や家畜への微弱電気刺激の応用に関する研究成果を発表予定であり、これらによって開発を更に加速させる予定です。

研究成果は、Theranosticsに掲載されました。
論文タイトル:Targeting macrophage circadian rhythms with microcurrent stimulation to activate cancer immunity through phagocytic defense
(微小電流刺激によりマクロファージの概日リズムを標的とすることで、貪食性防御を通じてがん免疫を活性化する)
Theranostics. 2025 Jan 1;15(2):340-361. doi: 10.7150/thno.100748
PMID: 39744689

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6. 非毒性バクテリアを用いた高死亡率癌の治療 ~ University of Massachusetts Amherst, Ernest Pharmaceuticals

研究チームは、腫瘍を標的とし、がん細胞内で抗がん薬の放出を制御するために、毒性のない遺伝子組み換えサルモネラ菌株の開発を微調整してきました。このがん治療プラットフォームは、健康な組織を損傷から守るだけでなく、製造が簡単な細菌が腫瘍内で飛躍的に増殖するため、投与量よ​​りも桁違いに多くの治療を施すことができます。

研究チームは、細菌が癌細胞に侵入できるのは、細菌のフラジェラ(鞭毛)によるものだということを発見しましたた。そこでがんの細胞内経路を効果的に標的化するため、腫瘍への特異的な送達とがん細胞への内部移行を実現するシステムを開発することを目指し、フラジェラ生成と細胞侵入を制御するフラジェラ遺伝子群(flhDC)の発現を調整可能な細胞内送達(intracellular-delivering; ID) Salmonella株を開発しました。この株は市販のアスピリンを服用するだけで鞭毛の生成が開始する遺伝子回路が細菌内に組みまれ、アスピリンを服用すると血液中に活性代謝産物として現れるサリチル酸のスイッチが入らないと、細菌は腫瘍内で休眠状態のままになります。flhDCを誘導すると細胞内液胞からの脱出が増加することを発見しましたが、sseJを欠失させると脱出が阻止され、タンパク質の送達がさらに増加しました。

マウスモデルを用いた前臨床研究では、細菌は静脈注射されます。細菌はあらゆる場所に行き渡りますが、免疫系が弱毒化した細菌を2日以内に健康な臓器組織から急速に排除されます。その間、細菌は腫瘍内でのみ指数関数的に増殖し続けます。3日目に、市販のアスピリンを投与して細菌が癌細胞に侵入し、治療効果を発揮するようにします。
flhDCの制御により、担癌マウスモデルにおいて、タンパク放出、組織分布、腫瘍コロニー形成が1000万倍以上向上しました。

ID-f-sサルモネラ(ΔsseJおよび誘導PSal-flhDC)を用いて構成的に活性なカスパーゼ-3を送達すると、膵臓、乳房および肝臓のがん細胞で細胞死が誘導され、乳房腫瘍の増殖が抑制されました。
この臨床的に使用可能な菌株は、肺と肝臓の周囲の健康な組織よりも、転移した乳房組織にそれぞれ 280倍と800倍多く優先的に定着しました。

研究チームは現在、臨床試験を開始するための規制当局の承認を得るためのプロセスの構築に注力しており、がん患者を対象とした臨床試験は、2027年に開始予定です。

研究成果は、Molecular Therapyに掲載されました。
論文タイトル:Controlling intracellular protein delivery, tumor colonization and tissue distribution using the master regulator flhDC in a clinically relevant ΔsseJ Salmonella strain
(臨床的に重要なΔsseJサルモネラ菌株におけるマスターレギュレーターflhDCを用いた細胞内タンパク質デリバリー、腫瘍コロニー形成および組織分布の制御)
Mol Ther. 2024 Dec 31:S1525-0016(24)00839-6. doi: 10.1016/j.ymthe.2024.12.038.
PMID: 39741404

Graphical abstract

Graphical abstract

出典:Research Using Non-Toxic Bacteria to Fight High-Mortality Cancers Prepares for Clinical Trial
2025.1.16 University of Massachusetts Amherst プレスリリース

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