No 54 てんかん(ヒトのてんかんと治療薬の概況、translational、神経炎症の役割)
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ヒトのてんかんに関する総説2報のまとめ
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Translational veterinary epilepsy
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【総説】犬のてんかんにおける神経炎症の役割
1. 総説2報のまとめ
下記2報の総説を、てんかんの病態生理とそれに基づく治療の作用点、既存および今後のてんかん治療薬/治療システムの概要と課題を中心にまとめた。
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てんかんの病態生理から危険因子、治療法から治療戦略まで
Pathophysiology to Risk Factor and Therapeutics to Treatment Strategies on Epilepsy
Brain Sci (IF: 3.33; Q2). 2024 Jan 10;14(1):71. doi: 10.3390/brainsci14010071.
PMID: 38248286 PMCID: PMC10813806 -
21世紀の抗てんかん薬。ターゲットと合成アプローチの概要
Twenty-first century antiepileptic drugs. An overview of their targets and synthetic approaches
Eur J Med Chem (IF: 6.51; Q1). 2024 Jun 5:272:116476. doi: 10.1016/j.ejmech.2024.116476.
PMID: 38759456
1) はじめに
てんかんは、脳の神経細胞の過剰な電気的活動によって引き起こされる反復性の発作を特徴とする慢性神経疾患である。世界中で約5000万人が罹患しており、その原因は遺伝的、構造的、感染性、代謝性、免疫性と多岐にわたり、多くは原因不明のままである。てんかんは単一の疾患ではなく、多様な病態生理学的メカニズムに基づいているため、その治療は複雑である。
さらに、既存の抗てんかん薬(Antiepileptic Drugs: AEDs)は発作を抑制する「対症療法」が主であり、てんかんの発症や進行そのものを防ぐ「抗てんかん原性(antiepileptogenic)」作用は限定的である。また、眠気、めまい、認知機能低下、精神症状といった副作用も少なくなく、長期的な服薬は患者にとって大きな負担となる。
このような背景から、近年のてんかん研究は、より根源的な病態生理の解明と、それに基づいた新規治療標的の探索にシフトしている。
2) てんかんの病態生理
てんかん病態生理の根源には、脳内の「興奮」と「抑制」のバランスの破綻が存在する。この不均衡は、個々のニューロンレベルから、神経回路、さらには脳全体のネットワークレベルで生じる。近年、この古典的な描像に加え、「神経炎症」という新たな概念が病態の核心的要素として注目されている。
2.1) イオンチャネルの機能不全
神経細胞の興奮性は、主に電位依存性ナトリウムチャネル(VGSCs)、電位依存性カルシウムチャネル(VGCCs)、カリウムチャネルなどのイオンチャネルによって制御されている。これらのチャネルの遺伝的変異や機能異常は、神経細胞膜の過分極や脱分極の閾値に影響を与え、神経細胞の異常な発火を引き起こす。
2.2) 神経伝達物質システムの不均衡
てんかんの発生には、主要な興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸と主要な抑制性神経伝達物質であるGABA(γ-アミノ酪酸)のバランスの崩壊が深く関与している。
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興奮性システム(グルタミン酸):グルタミン酸がAMPA受容体やNMDA受容体といったグルタミン酸受容体に結合すると、Na+やCa2+イオンがニューロン内に流入し、脱分極(興奮)が引き起こされる。てんかんの病態では、グルタミン酸の過剰放出や、受容体の機能亢進、あるいはシナプス間隙からのグルタミン酸除去を担うトランスポーター(アストロサイト上のGLT-1など)の機能低下が、神経の過剰興奮を引き起こす。
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抑制性システム(GABA):GABAがGABA-A受容体に結合すると、Cl-イオンがニューロン内に流入し、過分極(抑制)が起こる。GABAの合成低下、放出障害、GABA-A受容体の機能不全、あるいはGABAトランスポーターによる過剰な再取り込みは、抑制系の減弱を招き、相対的に興奮が優位な状態を作り出す。
Na+チャネル、Ca2+チャネル、K+チャネルの遺伝子変異は、チャネルの開閉異常を引き起こし、ニューロンの異常な発火パターン(バースト発火など)を生み出す原因となり、多くの遺伝性てんかんの根底にある。
2.3) 神経炎症の役割:てんかん原性への関与
近年、てんかんの病態生理における神経炎症の役割が注目されている。てんかん原性(epileptogenesis)過程において、ミクログリアやアストロサイトなどのグリア細胞が活性化され、炎症性サイトカイン(例:IL-1β、TNF-α、IL-6)やケモカインを放出する。これらの炎症性メディエーターは、神経細胞の興奮性を高めたり、血液脳関門(BBB)の透過性を変化させたり、神経回路のリモデリングを促進したりすることで、てんかんの発生・悪化に関与する。特に、脳損傷、感染症、自己免疫疾患などの後にてんかんが発症する二次性てんかんにおいて、神経炎症は重要な病態メカニズムとして認識されている。
これらのサイトカインは、以下のようにして神経の過剰興奮を助長し、てんかん発作を起こしやすい脳内環境を作り上げる。
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NMDA受容体の機能を亢進させ、グルタミン酸による興奮を増強する
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アストロサイトによるグルタミン酸トランスポーター(GLT-1)の発現を低下させ、シナプス間隙のグルタミン酸濃度を上昇させる
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GABA-A受容体の機能を抑制し、抑制系の働きを弱める
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BBBの透過性をさらに亢進させ、炎症の悪循環を引き起こす
2.4) 神経回路の再構築とシナプス可塑性の異常
てんかん原性過程では、神経細胞の死、軸索の発芽、樹状突起の変形、およびシナプス結合の変化など、神経回路の構造的・機能的再構築が生じる。これにより、興奮性回路が強化されたり、抑制性回路が弱められたりして、脳のてんかん原性が確立される。例えば、海馬硬化症は、側頭葉てんかん患者でよく見られる病理学的特徴であり、特定の神経細胞の喪失とそれに続く神経回路の再構築が発作発生に深く関与している。また、長期増強(LTP)や長期抑圧(LTD)といったシナプス可塑性の異常も、てんかん発作の発生と伝播に関与すると考えられている。
3) てんかん治療の標的と作用機序
現在のAEDsは、上記の複雑な病態生理のいずれかのステップを標的とすることで、神経の過剰興奮を抑制する。
3.1) イオンチャネルに対する作用
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ナトリウムチャネルの不活性化促進:多くの既存のAEDs(例:フェニトイン、カルバマゼピン、ラモトリギン、バルプロ酸、トピラマート、ゾニサミド、そして新規のセノバメート)は、電位依存性ナトリウムチャネルの不活性化を促進することで、神経細胞の反復発火を抑制する。これにより、発作の発生と伝播が阻止される。
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カルシウムチャネルの抑制:T型カルシウムチャネルは欠神発作に特異的に関与しているため、その抑制薬(例:エトスクシミド)は欠神発作の治療に有効である。P/Q型カルシウムチャネルの抑制(例:ガバペンチン、プレガバリンの一部作用)も神経伝達物質放出の抑制を通じて抗てんかん作用を発揮する。
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カリウムチャネルの開口: 一部のAEDsはカリウムチャネルを活性化することで、神経細胞の過分極を促進し、興奮性を低下させる(例:レチガビンはKCNQカリウムチャネルに作用するが、副作用のため使用が制限されている)。
3.2) GABA作動性システムの増強
GABA作動性システムを増強することは、てんかん治療における主要な戦略の一つである。
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GABAA受容体の直接作用:ベンゾジアゼピン系薬剤(例:ジアゼパム、ロラゼパム)やバルビツール酸系薬剤(例:フェノバルビタール)は、GABAA受容体に結合し、GABAによる塩化物イオンチャネルの開口頻度や開口時間を増加させることで、神経細胞の過分極を促進する。新規のセノバメートもGABAA受容体のポジティブ アロステリック モジュレーターとしての作用を持つことが示されている。
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GABAトランスアミナーゼの阻害:ビガバトリンはGABAの分解酵素であるGABAトランスアミナーゼを不可逆的に阻害することで、脳内のGABA濃度を上昇させる。
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GABA取り込みの阻害:チアガビンはGABAトランスポーター(GAT-1)を阻害し、シナプス間隙のGABA濃度を上昇させることで抑制性伝達を強化する。
3.3) グルタミン酸作動性システムの抑制
興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸の作用を抑制することも、抗てんかん作用に繋がる。
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AMPA/NMDA受容体の拮抗:ェルバメートやペランパネルは、AMPA受容体を非競合的に阻害することで、グルタミン酸による興奮性伝達を抑制する。NMDA受容体拮抗薬は強力な抗てんかん作用を持つが、中枢神経系の副作用が強いため、臨床使用は限定的である(例:デキストロメトルファン)。
3.4) シナプス小胞タンパク質2A (SV2A) への結合
レベチラセタムやブリバラセタムは、シナプス小胞タンパク質2A(SV2A)に結合することで、神経伝達物質の放出を調節すると考えられている。正確な作用機序は完全に解明されていないが、SV2Aへの結合が神経伝達物質の過剰な放出を抑制し、てんかん発作を抑制するとされている。
3.5) 炭酸脱水酵素の阻害
ゾニサミドやトピラマートは、炭酸脱水酵素を阻害することで、細胞内pHを変化させ、神経細胞の興奮性を低下させると考えられている。この作用は、これらの薬剤が多様な作用機序を持つ一因となっている。
3.6) その他の作用点
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CNV(Channelrhodopsin-2とNaV1.1キメラ)などの遺伝子治療や、特定の受容体、例えばmGluR5(代謝型グルタミン酸受容体5)やアデノシン受容体などへの作用も、今後の治療標的として研究が進められている。
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神経炎症の抑制:炎症性メディエーターやグリア細胞の活性化を標的とすることで、てんかん原性の進展を抑制するアプローチも開発中である。
4) 既存のてんかん治療薬(AEDs)
4.1) 第一世代AEDs
1900年代半ばから後半にかけて開発された薬剤で、広範な作用機序を持つが、副作用や薬物相互作用が多い傾向がある。
フェニトイン、カルバマゼピン、バルプロ酸、フェノバルビタール、エトスクシミ
4.2) 第二世代AEDs
1990年代以降に導入された薬剤で、より選択的な作用機序、少ない薬物相互作用、良好な忍容性を目指して開発された。
ラモトリギン、ガバペンチン、トピラマート、レベチラセタム、オクスカルバゼピン、ゾニサミド、チアガビン
4.3) 第三世代AEDs(最新のAEDs)
2000年代以降に開発された薬剤で、さらにターゲットの特異性や忍容性の向上を目指している。
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プレガバリン(Pregabalin, PGB):ガバペンチンと同様に電位依存性カルシウムチャネルのα2δサブユニットに結合。疼痛治療にも用いられる。
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ラコサミド(Lacosamide, LCM):ナトリウムチャネルの遅延不活性化を選択的に促進。部分発作に有効。心伝導障害のリスクがある。
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ブリバラセタム(Brivaracetam, BRV): レベチラセタムと同様にSV2Aに結合するが、結合親和性がレベチラセタムよりも高い。レベチラセタムで問題となる精神神経系副作用の発生頻度が低いとされる。
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ペランパネル(Perampanel, PER):AMPA受容体の非競合的拮抗薬。部分発作、全般強直間代発作に有効。攻撃性や易怒性などの精神神経系副作用が報告されている。
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エベロリムス(Everolimus):mTOR阻害薬。結節性硬化症(TSC)に伴うてんかんに有効。抗がん剤としても使用される。
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フェンフルラミン(Fenfluramine):セロトニン放出促進薬。ドラベ症候群の治療薬として承認された。セロトニン系を介して抗てんかん作用を発揮すると考えられている。
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カンナビジオール(Cannabidiol, CBD):大麻草由来の非精神作用性カンナビノイド。Lennox-Gastaut症候群やDravet症候群などの難治性てんかんに有効性が示されている。正確な作用機序は不明な点が多いが、イオンチャネルや神経伝達物質系への複数の作用が示唆されている。
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セノバメート(Cenobamate, CNB):ナトリウムチャネルの不活性化促進とGABAA受容体のポジティブ アロステリック モジュレーター。部分てんかんに高い有効性が示されており、近年注目されている。心電図のQTc間隔延長のリスクがある。
5) 今後のてんかん治療薬と研究の方向性
既存のAEDsは多くの患者の発作を抑制できるものの、約30%の患者は薬剤抵抗性てんかんであり、また既存薬には副作用の問題も存在する。このため、新規作用機序を持つ薬剤の開発や、てんかん原性を抑制・修飾する治療法の開発が活発に進められている。
5.1) 新規の作用点を持つ薬剤
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mTOR経路阻害薬:結節性硬化症複合体(TSC)や焦点皮質異形成などの遺伝性てんかんで活性化されるmTOR経路は、神経細胞の成長、分化、シナプス形成、オートファジーなどを制御しており、その異常がてんかん原性に関与する。エベロリムスは既にTSC関連てんかんに使用されているが、他のmTOR阻害薬やより選択的なmTOR経路修飾薬が期待される。
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神経炎症抑制薬:IL-1β、TNF-α、HMGB1などの炎症性メディエーターや、活性化グリア細胞を標的とする薬剤の開発が進められている。抗炎症作用を持つ既存薬(例:NSAIDs)の抗てんかん作用の検討や、特異的なサイトカイン阻害薬、TLR4阻害薬などの開発が期待される。
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神経ステロイド:アロプレグナノロンなどの神経ステロイドは、GABAA受容体のポジティブ アロステリック モジュレーターとして作用し、強力な抑制効果を持つ。てんかん発作の急性期治療や、ステロイド反応性てんかんに対する新たな治療選択肢として期待される。
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アデノシン系薬物:アデノシンは内因性の抗てんかん作用を持つ神経修飾物質であり、A1アデノシン受容体の活性化は神経細胞の過興奮を抑制する。アデノシン取り込み阻害薬やA1アデノシン受容体アゴニストは、てんかん治療の新たな標的となりうる。
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Kv7チャネル開口薬:カリウムチャネルの一種であるKv7チャネル(KCNQ)は、神経細胞の膜電位安定化に重要である。Kv7チャネル開口薬は、神経細胞を過分極させることで興奮性を低下させ、抗てんかん作用を発揮することが期待される。
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てんかん原性修飾治療薬(DMTs):発作の抑制だけでなく、てんかん発症や進行そのものを阻止・修飾する薬剤の開発が究極の目標である。これには、脳損傷後の炎症、細胞死、神経新生、リモデリングといったてんかん原性に関わる分子・細胞メカニズムを標的とするアプローチが含まれる。
5.2) 新規の合成アプローチとドラッグデリバリーシステム
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ヘテロ環化合物の合成:多くのてんかん治療薬は、様々なヘテロ環構造を持つ。新規のヘテロ環骨格を持つ化合物の合成や、既存薬の構造修飾により、より高い選択性と少ない副作用を持つ薬剤の開発が進められている。メカノケミカル合成などの環境負荷の低い合成手法も注目されている。
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ペプチドミメティクスと神経ステロイド:従来の低分子化合物に加えて、ペプチド模倣体や神経ステロイドもてんかん治療薬の候補として研究されている。これらは特定の受容体やイオンチャネルに対して高い特異性を持つ可能性がある。
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標的指向型ドラッグデリバリー:血液脳関門(BBB)を効率的に通過し、特定の脳領域や細胞に薬剤を届けるためのドラッグデリバリーシステム(DDS)の開発が進められている。ナノ粒子、リポソーム、BBB透過促進技術などがこれに該当する。これにより、全身性の副作用を軽減し、治療効果を高めることが期待される。
5.3) 遺伝子治療と細胞治療
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遺伝子治療:てんかん関連遺伝子(例:イオンチャネル遺伝子)の異常を直接修正したり、抑制性神経伝達物質(GABAなど)の発現を増加させたりする遺伝子治療が研究されている。アデノ随伴ウイルス(AAV)などのウイルスベクターを用いた遺伝子導入や、CRISPR/Cas9などのゲノム編集技術の応用が注目されている。
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細胞治療:抑制性介在神経細胞の移植など、機能不全に陥った神経回路を再構築することで、てんかん原性を抑制する細胞治療のアプローチも検討されている。
6) てんかん治療システムにおける課題
てんかん治療は、単に薬剤を処方するだけでなく、患者のQOL向上を目指した包括的なシステムが求められる。しかし、現状では多くの課題が存在する。
6.1) 薬剤抵抗性てんかん
約30%の患者は既存のAEDsに反応しない薬剤抵抗性てんかんである。これらの患者に対しては、外科手術、神経刺激療法(迷走神経刺激療法VNS、深部脳刺激DBS、反応性神経刺激RNS)、ケトン食療法などの非薬物療法が検討される。しかし、これらの治療法も全ての患者に有効ではなく、また侵襲を伴うものが多い。薬剤抵抗性のメカニズムのさらなる解明と、それを克服する新規治療法の開発が喫緊の課題である。
6.2) 副作用と忍容性
既存のAEDsは、発作の抑制に有効である一方で、眠気、めまい、認知機能障害、消化器症状、皮膚症状、体重変化、精神症状など、様々な副作用を引き起こす可能性がある。これらの副作用は患者のQOLを著しく低下させ、治療アドヒアランスの低下にも繋がる。新規のAEDsは副作用プロファイルの改善を目指しているが、完全に副作用のない薬剤は存在しない。個々の患者の特性(年齢、併存疾患、遺伝的背景など)に応じた薬剤選択と、副作用の管理が重要である。
2. Translational veterinary epilepsy
Translational veterinary epilepsy: A win-win situation for human and veterinary neurology
(トランスレーショナル獣医てんかん:ヒトと獣医の神経学にとってwin-winの状況)
Vet J (IF: 2.69; Q1). 2023 Mar:293:105956. doi: 10.1016/j.tvjl.2023.105956.
PMID: 36791876
1) 抗てんかん薬の基本的役割
抗てんかん薬(antiseizure medications: ASMs)は、発作の予防・制御を目的として使用される。てんかんは根治困難な慢性疾患であるため、ASMsの継続的な服用が必要となる。ヒト医療では30種以上のASMsが利用可能であり、作用機序に基づく選択が可能である。
これに対し、イヌで正式に承認されているASMsは限られており、EUではフェノバルビタール、イメピトイン、臭化カリウムの3剤、米国ではプリミドンのみが獣医用途で承認されている。実臨床では、これらに加えてレベチラセタム、ゾニサミド、フェルバメート、ガバペンチン、トピラマートといったヒト用ASMsも補助的に使用される。
2) 使用薬剤の選択と課題
フェノバルビタールは、最も使用歴が長く、コストや効果の面でも第一選択薬とされる。一方で副作用として多飲多尿、肝機能障害、鎮静などが問題視される。
イメピトインは近年登場した薬剤で、GABA-A受容体に作用しながらも副作用が比較的少ないことから、第一選択薬として使用されることも増えている。臭化カリウムは古典的な薬剤であり、フェノバルビタールとの併用で使用されることが多いが、効果発現が遅く、消化器症状などの副作用もある。
これら3剤はいずれもGABA作動性の薬剤であるため、作用機序が限定されている。そのため、ヒト医療におけるような多様な作用点を持つ薬剤の併用は難しく、薬剤抵抗性に陥った場合の選択肢が限られている。
また、いくつかのASMs(ラモトリギン、ビガバトリンなど)はイヌにおいて毒性が報告されており、使用が制限される。さらに、薬剤によっては半減期が短く、頻回投与が必要になるため、飼い主の負担が大きいという課題もある。
3) 薬剤反応性の限界と臨床試験の課題
複数の研究によると、イヌの約75〜86%はASMsを服用しても発作が継続し、そのうち約30%は複数薬剤を適正に使用しても50%以上の発作頻度減少が得られないと報告されている。一方、ヒトでは最初の薬剤で約50%、2剤目でさらに13%の患者が発作抑制を達成するが、約36%が多剤抵抗性となる。
イヌでの治療成績の低さの一因は、治療薬の選択肢が限られていること、作用機序が偏っていること、臨床試験の質が均一でないことなどがある。また、プラセボ効果の存在にも注意が必要であり、ある研究では犬の29%がプラセボ投与で発作が50%以上減少したと報告されている。
このため、治療薬の評価には6ヵ月以上の長期・二重盲検・プラセボ対照試験が必要とされる。短期間の「ハネムーン効果」(一時的改善)を避けるためにも、長期的なフォローアップが不可欠である。
4) 併用療法と治療戦略の改善点
現状では、イヌの薬物療法では1剤目の効果が不十分な場合、追加で別の薬剤を加える形が多いが、必ずしも前の薬剤を中止するわけではない。これはヒト医療でも同様であり、どの薬剤が効果を示しているのかが曖昧な場合も多いため、実質的に多剤併用が続いてしまう傾向がある。
加えて、効果的な併用を行うには、異なる作用機序を持つ薬剤の組み合わせが望ましいが、イヌではその選択肢が限られているため、効果の頭打ちが早く訪れることもある。
そのため、今後は新しい作用機序を持つ薬剤の開発・承認、併用療法のエビデンス構築、ならびに安全性と耐容性の検証が必要である。特に、GABA系以外をターゲットにした薬剤の導入が重要とされる。
5) 今後の展望
薬物療法だけでは発作を完全に抑制できない患者(ヒト・イヌともに)に対しては、以下のような代替・補完療法の併用が期待されている:
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ケトン食:中鎖脂肪酸(MCT)を使用した食事療法が、ASMsの補助療法として有望である。
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神経刺激療法(VNS・rTMSなど):薬剤に反応しないケースに対して、脳の神経活動を調整する新たな選択肢として研究が進行中。
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血液脳関門の調整や鼻腔投与:P-gpなどの輸送体による薬剤排出を抑制したり、薬剤を直接脳へ届けるルートの開発も進められている。
まとめ
イヌにおけるてんかんの薬物療法は、一定の効果を示す一方で、薬剤選択肢の乏しさ、作用機序の偏り、薬剤抵抗性の高さといった問題を抱えている。ヒトと同様、完全な発作抑制が困難な症例に対しては、補完的アプローチや新規治療法の導入が求められる。イヌは自然発症てんかんを持つ貴重な動物モデルとして、ヒトの新薬開発にも寄与し得る存在であり、薬物療法の深化は両者にとって「Win-Win」の成果をもたらすと期待される。
3. 【総説】犬のてんかんにおける神経炎症の役割
1) てんかんと神経炎症:概念の再定義
従来のてんかん治療は神経興奮性の抑制に主眼が置かれていたが、てんかん発生過程(epileptogenesis)における神経炎症の重要性が認識されるようになった。神経炎症は、脳内の免疫細胞(ミクログリア、アストロサイトなど)の活性化や炎症性メディエーターの放出を伴う反応であり、神経細胞の過興奮性や神経細胞死を引き起こすことでてんかん病態を悪化させる。
2) 犬のてんかん:ヒトとの類似性と特異性
犬のてんかんは、遺伝的要因、構造的病変、原因不明の特発性てんかんなど、多様な病型を示す。特発性てんかんはヒトの特発性てんかんと多くの臨床的特徴を共有しており、特に神経炎症の関与という点で重要な比較対象となる。犬は自然発症てんかんモデルとして優れており、ヒトのてんかん研究に貢献する可能性を秘めている。
3) 神経炎症の主要なプレイヤーとメカニズム
3.1) ミクログリアとアストロサイト:脳の免疫細胞と支持細胞
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ミクログリア: 脳の常在性マクロファージであり、神経炎症の中心的な役割を果たす。てんかん原性イベント(例:頭部外傷、脳卒中、長時間のけいれん発作)に応答して活性化し、M1(プロ炎症性)またはM2(抗炎症性/修復性)のフェノタイプを取る。てんかんにおいては、プロ炎症性ミクログリアがサイトカイン(IL-1β, TNF-αなど)を放出し、神経細胞の興奮性を高め、シナプス機能に影響を与える。慢性的なミクログリアの活性化は、神経回路のリモデリングや神経細胞死を誘発する可能性がある。
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アストロサイト:脳内の最も豊富なグリア細胞であり、神経支持、シナプス機能の調節、血液脳関門(BBB)の維持に重要な役割を果たす。てんかんにおいては、アストロサイトが反応性アストログリオーシスと呼ばれる状態になり、細胞肥大、増殖、GFAP(グリア線維性酸性タンパク質)の発現増加を示す。反応性アストロサイトは、グルタミン酸取り込みの障害、カリウム緩衝能の低下、炎症性メディエーターの放出などを通じて、神経興奮性を高め、てんかん発生に寄与する。
3.2) 炎症性サイトカインとケモカイン
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IL-1β:最も研究されているプロ炎症性サイトカインの一つであり、てんかんにおいて重要な役割を果たす。IL-1βはミクログリア、アストロサイト、さらには神経細胞によっても産生され、IL-1受容体(IL-1R1)を介して作用する。IL-1βシグナル伝達は、NMDA受容体の活性化、GABAA受容体機能の抑制、BDNF(脳由来神経栄養因子)発現の変化などを通じて、神経興奮性を増大させる。抗IL-1β抗体やIL-1R1アンタゴニストは、てんかん動物モデルにおいて抗てんかん効果を示すことが報告されている。
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TNF-α: 別の主要なプロ炎症性サイトカインであり、てんかんにおいてIL-1βと相乗的に作用することがある。TNF-αは、神経細胞の興奮性を高め、BBBの透過性を増加させ、神経細胞死を促進する。
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IL-6:急性期反応に関与するサイトカインであり、てんかんにおいて上昇することが報告されている。IL-6は、アストログリオーシスや血管新生に影響を与える可能性がある。
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HMGB1 (High Mobility Group Box 1):細胞内タンパク質であるが、細胞外に放出されるとDAMPs (danger-associated molecular patterns)として機能し、TLR4 (Toll-like receptor 4)などの受容体を介して炎症反応を活性化する。てんかん患者や動物モデルにおいて、HMGB1レベルの上昇が報告されており、発作誘発やてんかん原性の促進に関与する。HMGB1はBBBの機能不全も引き起こす。
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ケモカイン:MCP-1 (CCL2)、MIP-1α (CCL3)など、免疫細胞の遊走を誘導するサイトカインファミリー。てんかん原性領域においてケモカインの発現が上昇し、ミクログリアや他の免疫細胞の浸潤を促進する。
3.3) 血液脳関門 (BBB) の機能不全
てんかんにおいては、BBBの機能不全がしばしば観察される。BBBの破綻は、血中のアルブミンや炎症性細胞、サイトカインなどが脳内に侵入することを可能にし、神経炎症を悪化させる。アルブミンは、アストロサイトを活性化し、TGF-β (transforming growth factor-β)シグナル伝達を介してアストログリオーシスを誘導することが示されている
3.4) 炎症カスケードの活性化
炎症性メディエーターは、様々なシグナル伝達経路を活性化する。
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NF-κB:炎症反応の中心的な転写因子であり、てんかんにおいて活性化される。NF-κBの活性化は、プロ炎症性サイトカインやケモカインの産生を誘導し、神経炎症ループを強化する。
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TLRs (Toll-like Receptors):自然免疫系の重要な受容体であり、微生物由来のPAMPs (pathogen-associated molecular patterns)や宿主由来のDAMPs (Damage-Associated Molecular Pattern)を認識する。TLR4は、HMGB1などの内因性リガンドと結合することで活性化され、NF-κB経路を介して炎症反応を促進する。
4) 犬のてんかんにおける神経炎症の証拠
近年、犬のてんかん患者やモデル犬を用いた研究により、神経炎症の関与を示す証拠が蓄積されつつある。
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脳組織病理学:てんかんを持つ犬の脳組織では、ミクログリアやアストロサイトの活性化、炎症性サイトカインの増加が報告されている。特に、長期にわたるてんかんを持つ犬では、海馬硬化症と関連してグリア細胞の顕著な変化が認められる。
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バイオマーカー:髄液や血中の炎症性バイオマーカーの測定は、非侵襲的に神経炎症の状態を評価する手段となる。犬のてんかん患者において、髄液中のHMGB1やIL-6などの上昇が報告されており、これらのマーカーが発作頻度や薬剤反応性と関連する可能性が示唆されている。
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イメージング研究:PETなどの分子イメージング技術を用いて、生体内でミクログリアの活性化を可視化する研究が進められている。犬においても、神経炎症を評価するためのイメージングプローブの開発と応用が期待される。
5) 神経炎症を標的とした治療戦略
神経炎症を制御することは、てんかんの発症予防、疾患進行の抑制、および薬剤耐性の克服に繋がる可能性を秘めている。
5.1) 既存の治療薬による神経炎症のモジュレーション
一部の既存の抗てんかん薬は、その主な作用機序とは別に、神経炎症を抑制する効果を持つことが示唆されている。
これらの薬剤の神経炎症に対する効果は、その抗てんかん作用の一部を説明する可能性がある。
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レベチラセタム:シナプス小胞タンパク質2A(SV2A)に結合することで発作を抑制するが、抗炎症作用も報告されている。IL-1β産生抑制やミクログリア活性化の抑制が示唆されている。
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バルプロ酸:GABA作動性神経伝達の促進に加え、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害作用を介して遺伝子発現を調節し、炎症を抑制する可能性が指摘されている。
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フェノバルビタール:GABA受容体を介した作用が主だが、抗酸化作用や抗炎症作用も示唆されている。
5.2) 神経炎症経路を直接標的とする新たな治療アプローチ
サイトカイン阻害剤:IL-1β、TNF-α、HMGB1などのプロ炎症性サイトカインやその受容体を標的とする薬剤は、てんかん動物モデルにおいて有望な結果を示している。
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IL-1R1アンタゴニスト(例:アナキンラ):L-1βの作用をブロックし、発作抑制効果を示す。
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TNF-α阻害剤(例:エタネルセプト):TNF-αの活性を中和し、抗てんかん作用を示す可能性がある。
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HMGB1阻害剤(例:グリチルリチン、抗HMGB1抗体): HMGB1の放出や作用を抑制し、てんかん原性を低減する。
ミクログリア・アストロサイト機能のモジュレーション:グリア細胞の過剰な活性化を抑制したり、M2フェノタイプへの極性化を促進したりする薬剤の開発も進められている。
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ミクログリア阻害剤:特定のミクログリア活性化経路を標的とする。
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アストロサイト機能改善薬: グルタミン酸トランスポーターやカリウムチャネルの機能を回復させる。
BBB保護剤: BBBの完全性を維持または回復させる薬剤は、脳への有害物質の侵入を防ぎ、神経炎症を軽減する。
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ACE阻害剤/ARB: 血圧降下作用だけでなく、脳血管保護作用も持つことが示されており、BBB透過性の改善に寄与する可能性がある。
自然免疫経路の阻害剤:TLRsやNF-κB経路の阻害剤は、炎症カスケードの初期段階をブロックする。
5.3) その他のアプローチ
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ケトン食:代謝を変化させることで抗てんかん作用を発揮するが、神経炎症の抑制効果も示唆されている。
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幹細胞療法::炎症抑制や神経保護効果を介しててんかん原性を抑制する可能性。
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遺伝子治療:神経炎症に関連する特定の遺伝子の発現を調節する。
6) 課題と今後の展望
神経炎症を標的とした治療戦略は有望であるが、いくつかの課題が残されている。
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複雑な病態:てんかんにおける神経炎症は多様な細胞や分子が関与する複雑なプロセスであり、単一の標的では十分な効果が得られない可能性がある。
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タイミング: 神経炎症はてんかん発症の早期段階から関与すると考えられており、治療介入の最適なタイミングを見極めることが重要である。
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特異性:炎症反応は防御機構としても機能するため、神経炎症を過度に抑制することは望ましくない。特定の病態に関連する炎症経路のみを標的とする「精密医療」が求められる。
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バイオマーカー:神経炎症の程度やタイプを正確に評価できるバイオマーカーの開発は、治療効果のモニタリングや個々の患者に合わせた治療法の選択に不可欠である。特に犬においては、非侵襲的なバイオマーカーの開発が強く望まれる。
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動物モデルの限界と利点:動物モデルは病態解明に不可欠であるが、ヒトや犬の自然発症てんかんの複雑さを完全に再現することは難しい。一方で、犬の自然発症てんかんは、その病態生理や治療反応がヒトのてんかんと類似しているため、非常に貴重なトランスレーショナル研究の機会を提供する。
結語
神経炎症は、犬のてんかんにおいて発症、進行、および薬剤耐性に重要な役割を果たすことが強く示唆されている。ミクログリア、アストロサイト、サイトカイン、ケモカイン、BBBの機能不全などが複雑に絡み合い、てんかん病態を形成している。既存の抗てんかん薬の一部が抗炎症作用を持つ可能性が示唆される一方で、神経炎症経路を直接標的とする新たな治療薬の開発は、てんかんの疾患修飾治療への道を開くものである。犬のてんかんを対象としたさらなる研究は、ヒトと犬の両方におけるてんかんの病態生理の理解を深め、より効果的な治療戦略の開発に貢献するだろう。特に、神経炎症バイオマーカーの特定と、個々の患者に合わせた治療法の開発が、今後の研究の焦点となる。
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