No 56 Calviri社の動物向けがんの診断・予防・治療研究開発

前回No 55の3で紹介したCalviri社の動物向け研究開発をまとめました。
M Tsuda 2025.07.02
誰でも
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1. Calviri Inc概要

  • 本社所在地:アリゾナ州フェニックス

  • 設立:2017年(Arizona州立大 Biodesign Instituteからのスピンアウト)

  • ミッション/ビジョン:ペットおよびヒトに対し、ステージ1(初期)のがんを“早期”に検出し、治療・予防できる診断・ワクチン製品を提供。動物向けでの商用展開を成功させつつ、得られたデータと収益をヒト向け製品展開へつなげる計画

2. 技術プラットフォーム

Calviriの研究開発の根幹をなすのは、CEO/Co-Founderである、アリゾナ州立大学のStephen Albert Johnston教授の研究成果である」、フレームシフトペプチド(FSPs)を利用した技術である。
この技術は、がんの診断、予防、治療という三つの側面を統合的にカバーする可能性がある。

2.1. がん特異的抗原としてのRNAエラー由来ネオアンチゲン(REDNs)、特にRNAプロセシングエラーから生成されるフレームシフトペプチド(FSPs)

  • 腫瘍細胞の弱点: 腫瘍細胞は急速で制御不能な成長を支えるため、RNAおよびタンパク質処理の精度が低下

  • フレームシフト抗原:多くの異常RNAが生成され、これらの変異の中には、タンパク質をコードする遺伝子の「読み枠(リーディングフレーム)」をずらしてしまう「フレームシフト変異」が含まれる。また、転写・翻訳におけるRNAプロセシング、特にスプライシングのエラーによっても、同様の読み枠のずれが生じることが知られている。これが“REDNsになる。

Calviriは、このFSPsががん治療における理想的な標的となりうる、いくつかの重要な特徴を持つことを突き止めた。

  • 高いがん特異性:FSPsは、正常な細胞ではほとんど産生されない。これらは遺伝子の変異や転写・翻訳プロセスのエラーから生じる「副産物」であり、がん細胞という異常な環境下で多量に作られる。そのため、FSPsを標的とすれば、正常細胞を傷つけることなく、がん細胞だけを狙い撃ちにできる可能性が高い。これは、化学療法などで問題となる副作用を大幅に軽減できる。

  • 強力な免疫原性:FSPsは、生体にとって「非自己(non-self)」のペプチドである。そのため、免疫系、特に細胞性免疫を司るT細胞によって強力な「異物」として認識され、強い免疫応答を惹起する能力(免疫原性)を持つ。これにより、免疫系がFSPsを提示するがん細胞を発見し、攻撃・排除する動きが活性化される。

  • がん種横断的な共通性:がんの個別化医療で注目される「ネオアンチゲン(腫瘍特異的新生抗原)」の多くは、個々の患者の腫瘍に固有のものであり、ワクチンを製造するには患者ごとに遺伝子解析を行い、カスタムメイドする必要があった。これには多大な時間とコストがかかる。一方、特定のエラーから生じる一部のFSPは、異なる患者や異なる種類のがん(例えば、乳がん、肺がん、大腸がんなど)の間で共通して見られることが明らかになった。これは、あらかじめ製造しておいたワクチンを多くの患者に適用できる「オフ・ザ・シェルフ」型のがんワクチンの開発可能性を示唆する、画期的な発見であった。

2.2. 診断プラットフォーム:がんの超早期発見

FSPsが体内で産生されると、それに対する抗体が血中に現れることに着目した。このFSP特異的抗体を検出することで、画像診断などでは捉えきれない微小ながんの存在を、ごく早期の段階で発見できる可能性がある。

半導体チップによる高密度ペプチドアレイ構築:数千から数万種類のペプチドを搭載したマイクロアレイを用いて、血液サンプル中の抗体プロファイルを網羅的に解析する診断プラットフォームを開発している。このプラットフォームに、がん特有のFSPsを多数搭載することで、血液一滴から複数のがん種を同時に、かつ高感度でスクリーニングすることを目指している。
この診断技術は、単独での診断価値もさることながら、後述する予防ワクチンと組み合わせることで真価を発揮する。ワクチン投与前に抗体レベルを測定し、がんのリスクを層別化したり、ワクチン投与後の免疫応答をモニタリングしたりするなど、予防医療を精密化するための重要なツールとなる。

2.3. 予防・治療ワクチン:免疫系を訓練するRNA/ペプチドワクチン

Calviriの技術の核心は、FSPsを利用した予防・治療ワクチンにある。その作用機序は、免疫系にあらかじめ「がん細胞の目印(=FSPs)」を教えておき、本物のがん細胞が現れた際に即座に攻撃できるよう訓練するというものである。

  • 予防ワクチン:健康な個体(人や動物)に投与することで、将来発生する可能性のあるがん細胞を、臨床的に検出可能な大きさになる前に排除することを目指す。これがCalviri社の最大の目標である。

  • 治療ワクチン:既にがんに罹患している患者に投与し、免疫系を再活性化させ、既存の腫瘍を攻撃・縮小させることを目指す。免疫チェックポイント阻害剤などの他の免疫療法との併用により、相乗効果が期待される。

この「オフ・ザ・シェルフ」型のアプローチは、モデルナ社やビオンテック社などが開発を進める個別化ネオアンチゲンワクチンと比較して、製造コスト、時間、供給の面で圧倒的な優位性を持つ可能性があり、がん予防を社会全体に普及させるための鍵となりうる技術である。

3.  動物向けパイプライン

3.1. StageOne Plus(犬用マルチがん早期検出)

犬の多くは、臨床症状が明らかで標準的な治療がほとんど効果が見られない進行期に診断される。犬の腫瘍は成長が速く、進行期の治療選択肢が少ないため、ステージ1での腫瘍の高感度検出は、治療成績の向上と医療費の削減に不可欠である。しかし、既存の技術に基づく診断では、がんの最初期段階で高感度に検出することはできない。

「StageOne Plus」は、ステージ1の段階も正確に検出する上に、がんの進行段階も検出する。Calviri社は、5歳以上の犬の飼い主が、ペットの年次健康診断でこの検査を利用することを想定している。高齢犬はがんのリスクが高く、死亡率の50%を占めている。

CalviriはStageOne Plusを今年8月に一部の動物病院で発売する。検査能力の拡大に伴い、提供範囲も拡大される。

2025年6月13日にAmerican Journal of Veterinary Researchに、 StageOne Plusの研究成果がオンライン掲載された。
被験動物:283頭の犬(がん罹患214頭、非罹患69頭)
対象がん:ステージ1の血管肉腫(30頭)、リンパ腫(34頭)、肥満細胞腫(6頭)、骨肉腫(41頭)、軟部肉腫(49頭)
結果:単純なモデルでは、5種類の異なるステージ1腫瘍を68%から98%の感度で検出した。複雑なモデルでは、ステージ1の感度が60%から88%で、いずれも高い特異度を示した。

3.2.  VACCS Trial:世界最大級のがん予防ワクチン研究

2024年5月に完了した史上最大の犬がん予防ワクチン臨床試験

  • 参加対象:がんのリスクが高まるとされる6歳から10歳までの健康な中型〜大型犬。特定の犬種に限定せず、様々な犬種をリクルート。当初の目標は800頭。

  • 試験デザイン:無作為化二重盲検プラセボ対照比較多施設試験

  • 投与スケジュール:初年度に複数回の初回接種を行い、その後は年に1回の追加接種(ブースター)を行う。

  • 試験ワクチン:31種類の異なるFSPを含むペプチドベースのワクチン。これらのFSPは、犬で一般的に見られる複数のがん種(リンパ腫、血管肉腫、骨肉腫など)で共通して発現することが確認されているものが選ばれている。ワクチンには、アジュバントも含まれている。

  • 試験期間:最長5年間(2019~2024年)。この間、定期的な健康診断を通じて、データが収集される。

  • 安全性と免疫原性に加えて、VACCS の主要評価項目は、研究期間終了時にあらゆる種類の悪性新生物を発症する犬の累積発生率 (CI) である。副次評価項目には、特定の腫瘍タイプの発生率、新生物診断後の生存期間、全死因死亡率の変化が含まれる。

安全審査委員会は副作用を認めなかった。試験は2024年5月に終了した。  試験結果は公表に向けて分析中である。

3.3. 血管肉腫治療ワクチン試験 Scout Out Canine Hemangiosarcoma (SOCH) study

SOCH Studyは、early-stageの血管肉腫の犬の治療を目的とした治験。Calviriは2024年9月に治験開始を発表した。Calviriの既製ワクチンを外科手術や化学療法を含む標準治療と併用した場合に、ステージ1またはステージ2の腫瘍を持つ犬の延命が可能かどうかを調べる。

血管肉腫はヒトではまれだが、犬、特にゴールデンレトリバーではよく見られる。がんは脾臓から発生し、他の部位に転移することもある。通常、発見されるのは後期段階であるが、早期に発見された場合でも、余命は5~11ヵ月である。標準的な治療法は、腫瘍化した脾臓を外科的に摘出し、化学療法を行うことである。

治験実施施設は、ウィスコンシン大学、コロラド州立大学、カリフォルニア大学デービス校、獣医腫瘍学センター。

参加者は、模擬ワクチンを投与する対照群と、治験ワクチンを投与する試験群に無作為に割り付けられる。両群のすべての犬は、模擬ワクチンまたは試験ワクチンに加えて、標準治療(手術と化学療法)を受ける。この試験は2年間の予定で、最大80頭の犬が登録される予定である。

コロラド州立大学フリント動物がんセンターの臨床研究ディレクターで、CSUでの試験を指揮しているDoug Thamm博士は、「血管肉腫は非常に悪性度が高い。このワクチン療法が血管肉腫に有効であることが証明されれば、他の腫瘍にも有効である可能性が高いだろう。」と述べている。

【主な出典】

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