No 59 遺伝子と環境の相互作用がアトピー性湿疹のリスクに影響を与える:集団研究およびin vitro研究

大規模な国際共同研究により、犬飼育がアトピー性湿疹リスクを軽減する可能性が示された。一方、猫の飼育については一定の予防効果は確認されなかった。
M Tsuda 2025.08.24
誰でも
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アトピー性湿疹(Atopic Eczema: AE)は、人間において小児の約20%、成人の約10%が罹患するとされる慢性的な炎症性皮膚疾患であり、喘息やアレルギー、肥満、心血管疾患、不安、うつ病などの合併症を伴い、社会や経済に大きな影響を与える疾患である。AEは遺伝的素因が関与する一方で、過去30年間で先進国における有病率が急速に上昇しており、環境要因の重要性が示唆されている。

本研究では、AEの発症における遺伝子と環境の相互作用(G×E)に焦点を当て、妊娠中から生後2歳までの「初期の環境曝露」がAEのリスクにどのように影響するかについて、以下のアプローチを組み合わせて包括的に分析した。
アトピー性湿疹の定義は、保護者の報告または医師の診断による「これまでに湿疹を経験したことがあるか」に基づいて行われた。

  • ヨーロッパ各国の出生コホートを用いた大規模コホート研究(疫学調査)
    -  探索分析(Discovery Analysis):16コホート、25,339人
    - 再現性分析(Replication Analysis):10コホート、254,532人
    - 最終的なメタ分析では最大279,871人のデータを使用

  • 対象遺伝子
    - 遺伝的リスク遺伝子座は、ヨーロッパ系AEゲノムワイド関連研究で同定された各遺伝子座の上位24ヒットによって定義され、リスク増加アレルを効果アレルとしてコード化された。
    - これには、皮膚バリアタンパク質フィラグリンをコードするFLG遺伝子の機能喪失型変異も含まれる。

  • 環境的因子:18の早期生活環境曝露を選択、主なものは、
    - 犬の飼育
    - 猫の飼育
    - 兄姉の有無
    - 抗菌薬の使用
    - 母乳育児
    - ハウスダスト曝露
    - 喫煙曝露
    - 洗浄習慣(入浴・シャワー頻度)
    - 大気汚染(NO₂、PM10)

  • 統計解析については原報参照

  •  in vitro実験によるメカニズム評価
    - ヒト角質細胞( ケラチノサイト)の使用:これは、胎児期や乳幼児期においてアレルゲンと最初に出会う組織であるため、アトピー性疾患の発症における初期の相互作用を調べるのに適している。
     ケラチノサイトは、アトピー性湿疹のリスク遺伝子であるrs10214237(IL7R近傍の染色体5p13.2)の遺伝子型(T:T, T:C, C:C)を特定するために遺伝子型判定された。
    - 犬アレルゲン曝露のシミュレーション
    標準化されたイヌ上皮細胞抽出物(アレルギー検査試薬)をケラチノサイトに曝露させ、犬との接触をin vitroで再現した。
    曝露後、関連する遺伝子(IL7R、CXCL8、CSF2、CCL2、TNF、IL33、TSLPなど)のmRNA発現量をリアルタイムPCRで測定し、さらにサイトカイン、ケモカイン、受容体の発現はELISAアレイで定量した。

主な結果

探索解析(25,339例)では、7つの環境因子(抗菌薬の使用、犬の飼育、猫の飼育、授乳、兄姉の存在、喫煙、洗浄習慣)と少なくとも1つの確立されたAE変異体との相互作用を示唆する証拠(p < 0.05)が示され、合計14の相互作用が認められた。

犬の飼育とアトピー性湿疹
幼少期の犬の飼育がアトピー性湿疹のリスクに対する遺伝的影響を修飾するという証拠が示された

探索分析において、犬の飼育がアトピー性湿疹に対して保護的な効果を持つという弱い証拠が得られた(p = 0.03)。これは、以前の観察疫学研究(出生時の犬曝露がアトピー性皮膚炎の発症を減少させる、出生前の犬曝露が乳幼児期の湿疹発症に影響する)とも一致する結果である。

遺伝子と環境の相互作用(G×E)

  • 犬の飼育とrs10214237遺伝子変異の間に有意な相互作用がReplication Analysisで確認された(p = 0.025)。

  • この相互作用の具体的な内容として、アトピー性湿疹のリスクを高めるrs10214237のTアレル(T:T遺伝子型)の影響は、犬に曝露されていない場合にのみ観察された(オッズ比=1.14)。

  • 対照的に、幼少期に犬に曝露された個人では、この遺伝子変異はアトピー性湿疹のリスクにほとんど影響を与えなかった(オッズ比=0.99)。
    (犬を飼っていれば、この遺伝的リスクが打ち消されるように作用する)

  • このrs10214237は、IL-7受容体のアルファサブユニットをコードするIL7R遺伝子の近傍に位置する遺伝子変異である。

 in vitro実験によるメカニズムの示唆

  •  rs10214237のT:T遺伝子型(アトピー性湿疹のリスク遺伝子型)を持つヒトケラチノサイトでは、C:C遺伝子型と比較してIL-7R mRNAの発現がわずかに高いことが示された。

  • イヌアレルゲンをヒト ケラチノサイトに曝露させると、IL-10シグナル伝達に関連するサイトカインやケモカインのネットワークが有意に活性化されることが分かった。IL-10シグナル伝達は、接触皮膚炎やアトピー性湿疹の抑制に重要な役割を果たすことが知られている。同時に、アトピー関連サイトカインであるIL-33やTSLPのmRNAは下方制御された。

  •  T:T遺伝子型を持つケラチノサイトは、C:C遺伝子型に比べて、犬抽出物またはIL-7とイヌ抽出物の刺激に対してより大きな反応を示した。

これらの予備的な研究結果は、rs10214237のTアレルがアトピー性湿疹のリスクを増加させることに対するメカニズム的な説明を提供する可能性がある。つまり、T:T遺伝子型はIL-7R mRNAの発現を増加させるが、犬に曝露される状況では、IL-10経路のサイトカインとケモカインが増加することで、T:Tを有する個人のアトピー性湿疹をより強く抑制するという可能性が示唆される。

この知見は、幼少期の犬曝露が、アトピー性湿疹のリスクをIL-7R経路を介して修飾し、おそらくIL-10シグナル伝達を通じて皮膚の炎症を抑制するという可能性を示唆している。この現象は、喘息における17q21遺伝子座と犬の相互作用(犬の飼育が喘息のリスクを軽減する)と類似していると筆者らは指摘している。

猫の飼育とアトピー性湿疹

  • 探索分析では、。猫の飼育がアトピー性湿疹のリスクに与える影響はほとんど見られなかった(p > 0.05)。

  • 探索分析では猫の飼育といくつかの遺伝子変異の間に名目上有意な相互作用が示唆されたが、再現性分析ではいずれも有意な相互作用は確認されなかった。

  • 特に、FLG遺伝子の機能喪失型変異と猫への曝露との間には、強いFLGの主効果があるにもかかわらず、相互作用の証拠はほとんどなかった(p = 0.36)。

  • 以前の小規模研究ではFLGと猫への曝露の相互作用が報告されていたが、本研究の非常に高い検出力(99%)でそのような相互作用が再現されなかったことは、重要な帰無結果(相互作用がないという知見)を示している。

研究の限界と今後の展望

  • 統計的検出力: いくつかの相互作用については、再現性分析でのサンプルサイズが不十分であり、相互作用の可能性を完全に排除することはできない。

  • 遺伝子変異の選択:ゲノムワイドな相互作用分析ではなく、既知のリスク遺伝子座に焦点を当てたため、他の未知の相互作用を見逃している可能性がある。

  • 環境データの詳細度:詳細な環境データの収集は困難であり、例えば洗浄習慣に関するデータは、入浴/シャワー頻度のみで洗浄剤の種類など重要な情報が不足している。

  • 人種的偏り:ヨーロッパ系白人集団のデータが主であり、他の人種における遺伝子と環境の相互作用を一般化することはできない。特にrs10214237の対立遺伝子頻度は、アフリカ系集団とヨーロッパ・南アジア系集団で異なることが示されており、今後の多様な人種を含む研究が求められる。

本研究の解釈と意義

本研究は「犬を飼うとアトピーにならない」と単純に結論づけるものではない。むしろ「特定の遺伝的背景を持つ子どもにとっては犬がリスク軽減に働く」という、精密な視点を提示している。

  • 犬の飼育はアトピー性湿疹の発症リスクを減らす可能性がある
    人間のアトピー性湿疹における犬の飼育という環境因子が、特定の遺伝子変異(rs10214237)がもたらすリスクを打ち消す、つまり遺伝的「スイッチ」をオフにするかのように作用する可能性を示している。これは、長年経験的に語られてきた「犬の飼育がアレルギーに良い影響を与える」という見解に対し、細胞レベルでのメカニズムに基づいた科学的な裏付けを提供するものであり、興味深い知見である。特に、IL-7R経路と、炎症を抑制するIL-10シグナル伝達経路がその鍵を握っていることが示唆される。

  • 一方で、猫の飼育については、これまでの小規模研究で示唆されたような、FLG遺伝子変異との有意な相互作用は、本研究の大規模データでは確認されなかった。これは、科学的な知見が常にアップデートされ、より大規模で強固なデータによって検証されることの重要性を示している。

アトピー性湿疹は、多くの遺伝的要因と環境的要因が原因となる複雑な形質である。本研究では、24の既知の遺伝的リスク変異体と18の環境要因の相互作用の証拠を調査した。本研究では、24の既知のアトピー性皮膚炎の遺伝的リスク変異と18の環境要因との相互作用に関する証拠を調査しました。1つの変異-環境要因の組み合わせが、発見段階、再現性検証、メタ解析において統計的に有意な相互作用を示した:幼少期の犬との接触がrs10214237のリスク増加を調節し、予備的な研究ではIL-7Rを介したメカニズム的な効果が示唆されている。CCL2: C-C motif chemokine ligand 2、chr5:第5染色体、CSF2:colony stimulating factor 2(顆粒球マクロファージ)、CXCL8: C-X-C motif chemokine ligand 8 (IL-8)、FLG: filaggrin、GWAS:ゲノムワイド関連研究、n:参加者数、OR:オッズ比、RT-qPCR:逆転写定量ポリメラーゼ連鎖反応、TNF:腫瘍壊死因子、TSLP:胸腺間質性リンパ球形成因子(thymic stromal lymphopoietin)

アトピー性湿疹は、多くの遺伝的要因と環境的要因が原因となる複雑な形質である。本研究では、24の既知の遺伝的リスク変異体と18の環境要因の相互作用の証拠を調査した。本研究では、24の既知のアトピー性皮膚炎の遺伝的リスク変異と18の環境要因との相互作用に関する証拠を調査しました。1つの変異-環境要因の組み合わせが、発見段階、再現性検証、メタ解析において統計的に有意な相互作用を示した:幼少期の犬との接触がrs10214237のリスク増加を調節し、予備的な研究ではIL-7Rを介したメカニズム的な効果が示唆されている。CCL2: C-C motif chemokine ligand 2、chr5:第5染色体、CSF2:colony stimulating factor 2(顆粒球マクロファージ)、CXCL8: C-X-C motif chemokine ligand 8 (IL-8)、FLG: filaggrin、GWAS:ゲノムワイド関連研究、n:参加者数、OR:オッズ比、RT-qPCR:逆転写定量ポリメラーゼ連鎖反応、TNF:腫瘍壊死因子、TSLP:胸腺間質性リンパ球形成因子(thymic stromal lymphopoietin)

出典

Gene-Environment Interaction Affects Risk of Atopic Eczema: Population and In Vitro Studies
(遺伝子と環境の相互作用がアトピー性湿疹のリスクに影響を与える:集団研究とin vitro研究)
Allergy (IF: 13.15; Q1). 2025 Aug;80(8):2201-2212. doi: 10.1111/all.16605.
PMID: 40462597

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