No 41 犬のがんの治療薬候補

trastuzumab emtansine (T-DM1)〔尿路上皮癌と骨肉腫〕は東大からの報告、trametinib〔口腔扁平上皮癌〕は日本たばこの創製です。
M Tsuda 2025.03.23
誰でも
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1. trastuzumab emtansine (T-DM1)

1-1. 尿路上皮癌
1-2. 骨肉腫

2. MEK阻害 trametinib:口腔扁平上皮癌

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1-1. trastuzumab emtansine (T-DM1)-尿路上皮癌

  • 犬尿路上皮癌の細胞株および担癌モデルマウスに対して、HER2を標的とする抗体薬(trastuzumab)に抗癌剤(DM1)を結合させたtrastuzumab emtansine (T-DM1)が抗腫瘍効果を示す

  • T-DM1の作用メカニズムとして、アポトーシス誘導が重要

  • 尿路上皮癌に罹患した犬に対してもT-DM1が抗腫瘍効果を示すことが期待される

東京大学大学院農学生命科学研究科、大阪公立大学大学院獣医学研究科の研究グループは、これまでの研究において受容体型チロシンキナーゼの一つであるHER2(Human Epidermal Growth Factor Receptor Type 2)が尿路上皮癌をはじめ、前立腺癌や乳癌、肛門嚢腺癌、甲状腺癌など犬の様々な悪性腫瘍で高発現していることを発見し、新たな治療標的となる可能性を報告してきた。犬と同様に、人でも乳癌をはじめ、様々な悪性腫瘍でHER2の高発現が報告されており、さらにはHER2に対する抗体薬が開発され、その抗腫瘍効果が腫瘍細胞株や担癌モデルマウス、実際の癌患者で証明されている。一方、犬の悪性腫瘍に対する上記の抗体薬の効果は不明であった。

研究グループは医薬品として開発された抗HER2抗体(trastuzumab)とこれに抗癌剤を結合させた抗体薬物複合体(trastuzumab emtansine [T-DM1])に着目し、まず犬尿路上皮癌細胞株に対する効果を検討ました。その結果、いずれの薬剤も濃度依存的に細胞株の生存率を低下させ、特にT-DM1でより大きな効果が認められた(図1)。

<b>図1:トラスツズマブとT-DM1は犬尿路上皮癌細胞株の生存率を低下させ、特にT-DM1でより大きな効果が認められた</b>A)トラスツズマブの濃度依存的に細胞生存率が低下した。<b></b>B)T-DM1の濃度依存的に細胞生存率が低下した。C)T-DM1(点線)はトラスツズマブ(実線)に比べて細胞生存率を有意に低下させた。**: P <0.01、****: P <0.0001<b></b>

図1:トラスツズマブとT-DM1は犬尿路上皮癌細胞株の生存率を低下させ、特にT-DM1でより大きな効果が認められたA)トラスツズマブの濃度依存的に細胞生存率が低下した。B)T-DM1の濃度依存的に細胞生存率が低下した。C)T-DM1(点線)はトラスツズマブ(実線)に比べて細胞生存率を有意に低下させた。**: P <0.01、****: P <0.0001

そこで、T-DM1の作用メカニズムを調べるために、細胞周期解析およびアネキシンアッセイという詳細な検証を行ったところ、T-DM1により腫瘍細胞にアポトーシスが誘導されることが分かった。
続いて、担癌モデルマウスに対する各抗体薬の効果を検討した。犬尿路上皮癌細胞株を皮下移植した免疫不全マウスに各抗体薬を投与したところ、T-DM1により腫瘤体積の増大が抑制された(図3)。つまり、犬尿路上皮癌の細胞株および担癌モデルマウスに対してT-DM1が抗腫瘍効果を示し、その作用メカニズムとしてアポトーシス誘導が重要であることが明らかになった。

&lt;b&gt;図3:T-DM1は犬尿路上皮癌の担癌モデルマウスに対して抗腫瘍効果を示した&lt;/b&gt;T-DM1群は溶媒群やトラスツズマブ群に比べて腫瘤体積の増大が有意に抑制された。N.S.: P ≧ 0.05 、*: P &amp;lt; 0.05&lt;b&gt;&lt;/b&gt;

図3:T-DM1は犬尿路上皮癌の担癌モデルマウスに対して抗腫瘍効果を示したT-DM1群は溶媒群やトラスツズマブ群に比べて腫瘤体積の増大が有意に抑制された。N.S.: P ≧ 0.05 、*: P < 0.05

犬の尿路上皮癌は診断時の転移率が高く、術後の再発も多いことから、治療において薬物療法が重要となる。しかし、従来の化学療法はある程度の治療効果を示すものの、症例の生存期間中央値が1年未満である。本研究では、尿路上皮癌に罹患した犬に対する新規治療薬候補としてT-DM1を見出すことに成功した。したがって、今後の研究において犬に対するT-DM1の至適用量を検討後、臨床試験を進めることで、犬尿路上皮癌に対する新たな治療法を提唱できる可能性がある。また、本研究で使用されたT-DM1は人用に開発された医薬品であるため、今後動物用の抗体薬物複合体を開発することで、より高い抗腫瘍効果を得られると期待される。

T-DM1:trastuzumabに微小管重合阻害剤であるDM1 (derivative of maytansine 1)を結合させた抗体薬物複合体である。HER2を介して細胞内に取り込まれた際、DM1が細胞障害活性を示すため、trastuzumab単体よりも高い抗腫瘍効果が期待される。

研究成果は、Veterinary and Comparative Oncologyに掲載された。
論文タイトル:Effects of trastuzumab emtansine on canine urothelial carcinoma cells in vitro and in vivo
(in vitroおよびin vivoにおけるイヌ尿路上皮癌細胞に対するtrastuzumab emtansineの効果)
Vet Comp Oncol (IF: 2.61; Q1). 2024 Jun;22(2):230-238. doi: 10.1111/vco.12970.
PMID: 38502572

出典:犬の尿路上皮癌に対する新規治療薬候補を発見!! -HER2を標的とする抗体薬の効果が明らかに-
2024.3.21 東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部 プレスリリース

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1-2. trastuzumab emtansine (T-DM1)-骨肉腫

  • イヌ骨肉腫に対して、HER2 を標的とする抗体薬に抗癌剤を結合させたtrastuzumab emtansine(T-DM1)が抗腫瘍効果を示す

  • イヌ骨肉腫細胞株に対する T-DM のアポトーシス誘導作用を明らかにした

  • 骨肉腫に罹患したイヌに対して T-DM1 が新たな治療薬となることが期待される

北里大学、東京大学大学院農学生命科学研究科の研究グループは、これまでの研究において受容体型チロシンキナーゼの一つであるHER2がイヌの様々な悪性腫瘍(乳癌や尿路上皮癌、前立腺癌、肛門嚢腺癌、甲状腺癌など)で高発現していることを発見し、新たな治療標的となる可能性を報告してきた。一方で、イヌと同様にヒトでも、乳癌をはじめ、様々な悪性腫瘍でHER2の高発現が報告されている。さらにはヒトHER2に対する抗体薬が開発され、その抗腫瘍効果が腫瘍細胞株や担癌モデルマウス、実際のヒト癌患者で証明されている。

今回、研究グループは医薬品として開発された抗HER2抗体(trastuzumab)とこれに抗癌剤を結合させた抗体薬物複合体(trastuzumab emtansine [T-DM1])に着目し、まずイヌ骨肉腫細胞株に対する効果を検討した。その結果、特にT-DM1で濃度依存性に細胞株の生存率が顕著に低下した(図1)。

&lt;b&gt;図 1:トラスツズマブと T-DM1はイヌ骨肉腫細胞株の生存率を低下させ、特に T-DM1 でより大きな効果が認められた&lt;/b&gt;A) 高濃度のトラスツズマブにより細胞生存率が僅かに低下した。B) T-DM1 の濃度依存性に細胞生存率が顕著に低下した。C) T-DM1(点線)はトラスツズマブ(実線)に比べて細胞生存率を有意に低下させた。N.S.: P &amp;gt; 0.05 、*: P &amp;lt; 0.05、***: P &amp;lt; 0.001、****: P &amp;lt; 0.0001&lt;b&gt;&lt;/b&gt;

図 1:トラスツズマブと T-DM1はイヌ骨肉腫細胞株の生存率を低下させ、特に T-DM1 でより大きな効果が認められたA) 高濃度のトラスツズマブにより細胞生存率が僅かに低下した。B) T-DM1 の濃度依存性に細胞生存率が顕著に低下した。C) T-DM1(点線)はトラスツズマブ(実線)に比べて細胞生存率を有意に低下させた。N.S.: P > 0.05 、*: P < 0.05、***: P < 0.001、****: P < 0.0001

そこで、T-DM1の作用メカニズムを調べるために、細胞周期解析およびアネキシンアッセイを行ったところ、T-DM1により腫瘍細胞にアポトーシスが誘導されることが分かった。続いて、担癌モデルマウスに対する各抗体薬の効果を検討した。イヌ骨肉腫細胞株を皮下移植した免疫不全マウスに各抗体薬を投与したところ、T-DM1により腫瘤体積の増大が抑制された(図3)。つまり、イヌ骨肉腫の細胞株および担癌モデルマウスに対してT-DM1が抗腫瘍効果を示し、その作用メカニズムとしてアポトーシス誘導が重要であることが明らかになった。

&lt;b&gt;図 3:T-DM1 はイヌ骨肉腫の担癌モデルマウスに対して抗腫瘍効果を示した&lt;/b&gt;T-DM1投与群では溶媒投与群に比べて規定腫瘤体積までの生存期間が有意に延長した。N.S.: P &amp;gt; 0.05 、*: P &amp;lt; 0.05&lt;b&gt;&lt;/b&gt;

図 3:T-DM1 はイヌ骨肉腫の担癌モデルマウスに対して抗腫瘍効果を示したT-DM1投与群では溶媒投与群に比べて規定腫瘤体積までの生存期間が有意に延長した。N.S.: P > 0.05 、*: P < 0.05

イヌの骨肉腫に対する治療の第一選択は外科手術であるが、術後に腫瘍の遠隔転移が高い確率で認められることから、術後化学療法も重要となる。しかし、従来の化学療法はある程度の治療効果を示すものの、症例の生存期間中央値が1年以下である。本研究では、骨肉腫に罹患したイヌに対する新規治療薬候補としてT-DM1を見出すことに成功した。したがって、今後の研究においてイヌに対する T-DM1の至適用量を検討した後、臨床試験を進めることで、イヌ骨肉腫に対する新たな治療法を提唱できる可能性がある。また、研究グループはこれまでに、イヌ尿路上皮癌の細胞株および担癌モデルマウスに対するT-DM1の抗腫瘍効果を明らかにしているため、本研究により癌種を超えたT-DM1の有効性が示唆された。HER2の高発現はイヌの様々な悪性腫瘍で報告されていることから、T-DM1の応用範囲の拡大も期待される。

研究成果は、The Journal of Veterinary Medical Scienceに掲載された。
論文タイトル:Effects of trastuzumab emtansine on canine osteosarcoma cells
(イヌの骨肉腫細胞に対するtrastuzumab emtansineの効果)
Journal of Veterinary Medical Science, Article ID 24-020
Advance online publication: March 21, 2025
DOI: 10.1292/jvms.24-0201

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trastuzumab emtansine (T-DM1)

Genentech,により創製された抗体薬物複合体であるトラスツズマブ エムタンシン(遺伝子組換え)を有効成分とする点滴静注用製剤。
国内では、カドサイラ点滴静注用100 mg,同160 mgとして中外製薬が販売。
再審査期間は2021年9月19日までで、2023年3月8日に再審査結果通知を受けている。
まだ日米欧の主要国ではバイオシミラーは無いようだが、インドでZydus Cadila社が、2021年5月4日にUjvira®を発売したと報じられている。また、台湾のFormosa Pharmaceuicals(台湾薬股份有限公司)のTSY-0110 Kadcyla® Biosimilarが前臨床開発後期段階にあり、2024年のCTA申請を予定している。Formosa Pharmaceuicalsは、地域的/世界的なライセンス供与または共同開発に関心のある企業を求めている。

GenentechはHER2を標的とするヒト化モノクローナル抗体(IgG1アイソタイプ)であるトラスツズマブ(商品名:ハーセプチン)を創製しRoch・中外製薬と共同で臨床開発を進めた。
高等植物のMaytenus serrataより単離されたメイタンシンは,βチューブリンに結合しチューブリンの重合を阻害することにより抗腫瘍活性を示す。各種癌を対象に開発が進められ、乳癌等の患者で奏効が認められたが、毒性が強く治療域が極めて狭いことから,開発は中止された。メイタンシンの様々な類縁物質は,高等植物に加え微生物からも同定されており,メイタンシノイドと総称されている。DM1は,微生物由来のアンサマイトシンP3より合成された非常に強力なメイタンシノイド系薬物であり,その細胞毒性はビンカアルカロイドやタキサンよりも約100倍強い。
トラスツズマブ エムタンシン(TDM-1)は,トラスツズマブにDM1を結合させた、抗体薬物複合体である。
TDM-1は,トラスツズマブと同等の親和性でHER2と結合する。さらに,HER2との結合後,受容体を介したインターナリゼーションを受け,細胞内でDM1を含む細胞傷害性の代謝物を遊離し,その後,細胞死をもたらすと考えられている。したがって,TDM-1は,トラスツズマブ自体のシグナル伝達抑制,ADCC活性等による抗腫瘍効果を有することに加え,DM1を標的細胞特異的に送達することにより安全性を維持しつつ強力な細胞傷害活性を発揮する,新規の薬理作用を有する薬剤である。

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2. MEK阻害 trametinib:口腔扁平上皮癌

口腔扁平上皮癌を患う犬は、顎の変形や生活の質の低下を招く手術が必要になることが多く、診断された犬の20%では、癌が転移し、手術が不可能な状態になっている。

コーネル大学の研究チームは、ヒトに使用されているFDA認可薬が、犬の口腔上皮性悪性腫瘍の中で最も一般的な癌の治療に、研究者が言うに「驚くほど有効」であることを発見した。この薬剤は、マウスモデルと臨床試験に登録された犬で腫瘍の成長を大幅に抑制した。ある犬の腫瘍は数週間でほぼ消失した。

「これは我々が今利用できる非常にエキサイティングな臨床ツールです。」「すでに世界中の同僚や犬の飼い主から電話やメールが届いています。」と 獣医学部(CVM)の歯科および口腔外科の准教授で あり、2月に Scientific Reportsに発表された研究の主任著者であるSantiago Peraltaは述べた。

trametinibという薬は、細胞の成長を制御し、多くの人間や動物の癌に関係しているRASシグナル伝達経路の下流成分を標的としている。trametinibは人間の悪性黒色腫の治療薬として承認されており、犬にも安全に使用でき、比較的安価である。犬のサイズにもよるが、1か月分の治療費は約100ドルから200ドルである。 

この薬を試験するために、研究者らはクリニックで診断された犬の腫瘍から新たな細胞株を作成した。研究者らは細胞に対してさまざまな治療薬をテストし、その後マウスモデルに移行したが、そこではtrametinibが特に効果的であることがわかった。

論文投稿の時点では、現在進行中の臨床試験は始まったばかりで、登録された犬はわずか4頭だった。現在は20頭に達した。研究者らは、この予備的データを非常に有望であったので掲載した*。4頭の犬のうち、trametinibに反応したのは2頭だけであったが、1頭は80%、もう1頭は40%の腫瘍退縮を示し、反応は有意であった。

「我々が見ているのは、この治療が効きやすい犬や腫瘍がある一方で、そうでない犬もいるということです。しかし、現在、より多くの犬が治験中であり、いくつかの症例で顕著な反応が見られています。」とPeraltaは述べた。

Peraltaらは現在、異なる腫瘍反応を理解するために追跡調査を行っている。この研究はRAS経路を解明し、がんや種を超えた意味を持つ可能性がある。

この実験のために作成されたオリジナルの細胞株は、さらなる研究を促進する可能性もある。研究チームは、他の研究者が利用できるように、細胞株をオープンアクセスリポジトリに追加することを計画している。

Peraltaは、trametinibが口腔がんを完全に治すとは期待していないが、手術前にがんを縮小させるために使用することで、破壊的な介入が少なくなり、生活の質が向上する可能性があると述べた。

* 論文タイトル:The MEK inhibitor trametinib is effective in inhibiting the growth of canine oral squamous cell carcinoma
(MEK阻害薬trametinibは、イヌ口腔扁平上皮癌の増殖を阻害するのに効果的である)
Sci Rep (IF: 4.38; Q1). 025 Feb 27;15(1):7069. doi: 10.1038/s41598-025-90574-3.
PMID: 40016294

出典Drug found ‘remarkably’ effective in treating common canine oral cancer
2025.3.17 Cornell University, Corell Chronicle

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trametinib
メキニスト錠0.5mg/メキニスト錠2mg/メキニスト小児用ドライシロップ4.7mg(ノバルティス)

メキニストの有効成分であるトラメチニブ ジメチルスルホキシド付加物(以下、トラメチニブ)は、日本たばこ産業株式会社において創製されたMEK(Mitogen-activated extracellular signal-regulated kinase:マイトジェン活性化細胞外シグナル関連キナーゼ)阻害剤であり、RAS/RAF/MEK/ERK(MAPK:Mitogen-activated protein kinase、マイトジェン活性化プロテインキナーゼ)シグナル伝達経路におけるMEK1/MEK2の活性化及びキナーゼ活性を阻害することにより、MEKの基質であるERKのリン酸化を阻害し腫瘍細胞の増殖を抑制する。

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