No 11 がん治療法情報:1
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副作用を劇的に抑えた抗がん剤ドキソルビシンの開発
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悪性黒色腫と乳がんに対する新たな併用免疫療法
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薬効を高めるペプチド
1. 副作用を劇的に抑えた抗がん剤ドキソルビシンの開発 ~ 理研、東京科学大
がん治療は日々進歩を遂げていますが、がん化学療法での副作用はいまだに深刻な問題です。特に、現在もよく用いられている「ドキソルビシン」は、肺がん、消化器がん、乳がん、悪性リンパ腫などさまざまながん種に効果を示す一方で、正常細胞にも影響を与え、吐き気、嘔吐による大幅な体重減少・骨髄抑制・脱毛などの副作用に多くの患者が悩まされています。
今回、理研、東京科学大の共同研究グループは、がん細胞内で有機化学反応を行い、がんのある場所でドキソルビシンを発生させることで、副作用を大幅に抑えた新たなドキソルビシン薬剤(ドキソルビシン プロドラッグ)を開発しました。この薬剤は、実際の患者に非常に近いモデルマウス(患者腫瘍移植モデル(PDX model))においても副作用を抑えつつ有意に腫瘍の増加を抑制しました。さらに、がん細胞内でドキソルビシンが発生する機構を明らかにするとともに、薬を投与してから排せつされるまでの薬物動態を確認し、非臨床や臨床研究につながる結果が得られました。

副作用を劇的に抑えたドキソルビシン薬剤の概念図正常細胞ではドキソルビシンプロドラッグは影響を及ぼさないが、がん細胞に到達するとがん細胞中のアクロレインと反応することにより、ドキソルビシンが放出される。これにより副作用の少ないがん治療が可能になると考えられる。
ドキソルビシンプロドラッグの治療効果についての検証
肺がん細胞株(A549細胞)を移植したヌードマウスに対して、それぞれ生理食塩液(無治療群)、ドキソルビシンプロドラッグ、ドキソルビシン(抗がん剤本体)を4回投与しました(図3)。無治療群では、時間の経過とともに腫瘍の増大が確認されました(図3黒線)。ドキソルビシンを投与した場合には、腫瘍の増加を抑えたものの深刻な副作用により全ての個体が実験終了前に死亡しました(図3赤線)。また、急激な体重減少が確認されました。しかし、同等量のドキソルビシンプロドラッグを投与した場合には、副作用を抑えつつ腫瘍の増加を有意に抑えることが分かりました(図3青線)。

図3 肺がんマウスを用いたドキソルビシンプロドラッグの治療効果実験抗がん剤本体のドキソルビシンを投与した場合は副作用により早期に死亡が確認されたが、ドキソルビシンプロドラッグを投与した場合は副作用を抑えつつ腫瘍の増加を抑制することができた。
さらに、ドキソルビシンプロドラッグが、がん細胞内で抗がん剤に変換される機構の解明に行いました。本薬剤投与後の血中と腫瘍の薬剤濃度を時間経過に沿って測定しました。静脈注射で投与されたドキソルビシンプロドラッグは、血液中のアルブミンに結合することにより、血液中で安定に滞在することが確認されました。その後、徐々にがん細胞内に移行し、がん細胞中のアクロレインと少しずつ反応することで、治療に必要最低限のドキソルビシンが放出されることを確認しました。このように必要最低限のドキソルビシンががん細胞内で放出されることで、正常細胞などには影響を及ぼさず副作用の少ないがん化学療法ができると考えられます。
また本薬剤の安全性を評価するために、放射線標識(トリチウム(3H)標識)したドキソルビシンプロドラッグを用い、投与から排泄までの動態を調べました。ドキソルビシンプロドラッグは、投与から4時間後には血液中で安定に存在して、がんを含めて全身に分布していました。しかし、その後は蓄積することなく、168時間(7日)後にはほとんどの臓器から速やかに排泄されました。特定の臓器に長時間蓄積する場合には、副作用を伴いますが、本薬剤は体内に最小限しか蓄積せず速やかに排泄されたため、良好な安全性を示すことが分かりました。
最後に、本剤の患者への応用を目指し、ヒトのがん腫瘍を移植したマウス(患者腫瘍移植モデル:PDXモデル)で治療実験を行いました(図6)。このマウスは従来の担がんマウスとは異なり、患者の腫瘍を直接移植しているため、実際の環境に非常に近いモデルです(図6A)。
肺がんの患者腫瘍移植モデルに対して、ドキソルビシンプロドラッグまたはドキソルビシンを投与したところ、ドキソルビシンでは副作用により早期に死亡が確認された一方で、ドキソルビシンプロドラッグでは副作用を抑えつつ治療することができました(図6B左)。これは、大腸がん(図6B右)、乳がん、胃がんでも同様の傾向が見られました。このことから、ドキソルビシンプロドラッグは少ない副作用でがん患者を治療できる可能性があります。

図6 ドキソルビシンプロドラッグで患者腫瘍移植モデルの治療(A)患者腫瘍移植モデルは患者の腫瘍を直接移植したモデルで、実際の環境に非常に近く、精度の高い動物実験が可能。(B)患者腫瘍移植モデル(肺がん/左図、大腸がん/右図)にドキソルビシンプロドラッグまたはドキソルビシン(抗がん剤本体)を投与した結果、抗がん剤本体のドキソルビシンでは副作用により早期に死亡が確認されたが、ドキソルビシンプロドラッグでは副作用を抑えつつ腫瘍の増加を抑制することができた。
論文情報
研究成果は、Tetrahedron Chemに掲載されました。
論文タイトル:Highly efficient and selective anticancer approach through acrolein-triggered cycloaddition chemistry in patient-derived xenograft: Mechanistic and preclinical investigation
(患者由来異種移植片を用いたアクロレイン・トリガー環化付加化学による高効率で選択的な抗がん剤アプローチ: 機構および前臨床研究)
Tetrahedron Chem. 2024 Dec;12:100094. doi: 10.1016/j.tchem.2024.100094.
出典
副作用を劇的に抑えた抗がん剤ドキソルビシンの開発-精密有機合成化学で必要量の薬剤をがん細胞内で発生-
2024.11.8 理研、東京科学大 共同プレスリリース
2. 悪性黒色腫と乳がんに対する新たな併用免疫療法 ~ Medical University of Vienna
この療法は、組織ホルモンであるインターフェロン(IFN)-Iの全身投与と Imiquimodの局所適用を組み合わせたものです。この併用療法は、黒色腫や乳がんモデルなどの局所的にアクセス可能な腫瘍で有望な結果を示しました。この療法は、治療部位の腫瘍細胞を死滅させ、同時に適応免疫系を活性化して遠隔転移と戦い、黒色腫や乳がんなどの表在性腫瘍の治療を改善する可能性があります。
イミキモドは、自然受容体TLR7/8の活性化物質であり、基底細胞がんの治療に使用されます。研究チームは、黒色腫と乳がんのさまざまな前臨床マウス腫瘍モデルを使用しました。両方の腫瘍に共通するのは、局所療法が利用可能であり、遠隔転移を形成することが多いことです。
局所腫瘍と遠隔転移に有効
免疫療法は、体自身の免疫システムを利用してがん細胞と戦います。TLR7/8を介して Imiquimoによって活性化される形質細胞様樹状細胞(pDC)は、このプロセスで重要な役割を果たします。この研究では、経口 ImiquimodがpDCを刺激して組織ホルモンIFN-Iを産生することが示されました。これにより、腫瘍環境内の他の樹状細胞とマクロファージが局所 Imiquimod療法に対して感受性になり、IL-12を介して新しい血管の形成が阻害され、腫瘍細胞が死滅しました。
この併用免疫療法は、治療した腫瘍だけでなく、遠隔転移にも効果がありました。新しい転移の形成が減少したため、腫瘍の再発が防止され、チェックポイント阻害薬に対する黒色腫の感受性が高まりました。
この結果は、この治療戦略が、黒色腫や乳がんなどの表面的で局所的にアクセス可能な腫瘍の治療結果を改善する可能性があることを示唆しています。一方では、局所的に治療された腫瘍での治療関連の癌細胞死を通じて、また遠隔転移でのT細胞誘導性抗腫瘍免疫応答の誘導を通じて、チェックポイント阻害薬によってさらに強化されます。

図 8 h: 併用療法によりメモリー CD8+ T 細胞応答が誘導される。全身性のIFN-Iは、TMEのDC/マクロファージ上のTLR7発現をアップレギュレートする。 局所IMQはこれらの感作細胞を刺激してIL-12を産生させ、これが腫瘍細胞に直接作用して血管新生を阻害し、壊死をもたらす。 この2ヒット治療は、メモリー形成を含む遠隔部位でのCD8+ T細胞抗腫瘍免疫を促進し、PD-1チェックポイント遮断と相乗効果を示す。
研究成果は、Nature Cancerに掲載されました。
論文タイトル:Systemic IFN-I combined with topical TLR7/8 agonists promotes distant tumor suppression by c-Jun-dependent IL-12 expression in dendritic cells
(全身性IFN-Iと局所TLR7/8アゴニストの併用は、樹状細胞におけるc-Jun依存性IL-12発現による遠隔腫瘍抑制を促進する)
Nat Cancer. 2025 Jan 23. doi: 10.1038/s43018-024-00889-9.
PMID: 39849091
出典:New combination immunotherapy for melanoma and breast cancer
2025.1.23 Medical University of Vienna プレスリリース
3. 薬効を高めるペプチド ~ Advanced Science Research Center, GC/CUNY
Advanced Science Research Center at the CUNY Graduate Center (CUNY ASRC)とMemorial Sloan Kettering Cancer Centerの研究チームは、特別に設計されたペプチドを使用して薬剤処方を改善する画期的なアプローチを開発しました。この革新的な方法は、白血病モデルで実証されたように、抗腫瘍効果を大幅に高めます。
薬物送達システムは、溶解性の低さと体内での送達の非効率性という2 の重大な課題に直面することがよくあります。多くの薬物は溶解性が低いため、目的のターゲットに到達するのが困難です。さらに、現在の送達システムでは、準備中に薬物の大部分が無駄になり、薬物の5 ~ 10%しか正常に充填されないため、治療効果が低下します。
ペプチドヘルパー(Peptide Helpers)
研究チームは、特定の薬剤と結合して治療用ナノ粒子を作成するペプチドを設計することで、新しいソリューションを開発しました。これらのナノ粒子は主に薬剤で構成されており、薄いペプチドコーティングが施されているため、溶解性が向上し、体内での安定性が高まり、標的部位への送達が最適化されます。驚くべきことに、このアプローチでは最大 98% の薬剤充填が達成され、従来の方法に比べて大幅に改善されています。
コンピュータ モデルと実験室テストを組み合わせて使用することで、新しい薬剤/ペプチド ナノ粒子が特定されました。その後、白血病モデルで驚くべき結果*が示されました。ナノ粒子は薬剤単独に比べて腫瘍を縮小させる効果が高く、さらにその高い効率により薬剤の投与量を減らすことができ、副作用を軽減できる可能性があります。
* JAK2/FLT3阻害剤レスタウルチニブを含むペプチド製剤を急性骨髄性白血病モデルで検討した結果、抗腫瘍効果が増強された。
カスタマイズ可能なテクノロジー
特別に設計されたペプチドを使用することで、既存の薬剤の効果を高めて毒性を低下させるナノ医療を構築できるだけでなく、これらのナノ粒子なしでは効かない可能性のある薬剤の開発も可能になります。
あらゆる薬剤に一致するペプチドが存在する可能性があることを示唆しており、薬剤の投与方法に革命をもたらす可能性があります。

Graphical abstract
研究成果は、Chemに掲載されました。
論文タイトル:Directed discovery of high-loading nanoaggregates enabled by drug-matched oligo-peptide excipients
(薬物適合オリゴペプチド賦形剤による高負荷ナノ凝集体の直接探索)
Chem. 2025 Jan 24; 102404. doi: 10.1016/j.chempr.2024.102404
出典:Scientists Design Peptides to Enhance Drug Efficacy
2025.1.24 Advanced Science Research Center at the CUNY Graduate Center プレスリリース
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