総説紹介:イヌアトピー性皮膚炎の分子病態に関する最新の知見

この総説は、獣医皮膚科におけるイヌアトピー性皮膚炎(cAD)の分子病態に関する最新の研究動向をまとめたものである。特に、cADの複雑な病因、遺伝的要因、痒み-掻き行動、皮膚バリア機能障害、免疫応答の異常に焦点を当て、人間のアトピー性皮膚炎(hAD)との比較を通じて、cADの病態理解を深めることを目的としている。
M Tsuda 2025.01.09
誰でも

Updated insights into the molecular pathogenesis of canine atopic dermatitis
Vet Dermatol. 2024 Sep 25. doi: 10.1111/vde.13300.

緒言

  • cADは、頻繁な再発を伴う一般的な慢性炎症性皮膚疾患であり、その病態は複雑で多因子性であり、完全には解明されていない。

  • 環境因子、遺伝因子、上皮バリアの機能障害、免疫機能の異常、痒み-掻き行動、皮膚マイクロバイオームの乱れが、cADの発症と維持に関与している。

  • 従来の「外から内へ」(バリア機能の欠陥による抗原侵入)と「内から外へ」(免疫活性化によるバリア機能障害)の仮説は、現在では相互に排他的ではなく、統合的にADの病態に関与すると考えられている。

  • cADの臨床症状は犬種間や同犬種内でも異なり(臨床的異質性)、治療に対する反応も様々である。

イヌアトピー性皮膚炎の定義

  • 国際動物アレルギー疾患委員会(ICADA)は、cADの新しい定義として、「遺伝的素因を持ち、一般的に痒みを伴い、主にT細胞が関与する炎症性皮膚疾患であり、皮膚バリアの異常、アレルゲン感作、微生物叢のディスバイオシスが相互作用する」と定義した。

  • この定義は、従来のIgE抗体との関連性を重視する定義を置き換えるものである。

  • IgEは感作を証明するが、必ずしも臨床症状を引き起こすわけではない。抗IgE抗体療法はhADで限定的な成功しか示しておらず、cADにおけるIgEの機能的な病態機序を完全に理解するためにはさらなる研究が必要である。

遺伝学

  • hADの遺伝的背景は、双子研究で高い一致率(72〜86%)が示され、遺伝性が高いことが確認されている。

  • cADの遺伝的背景の研究は限られており、報告されている遺伝率は犬種によって異なる(ラブラドールレトリバー:47%、ウェストハイランドホワイトテリア:31%)。

  • cADの遺伝は単純なメンデル遺伝ではなく、多遺伝子性であり、エピジェネティックな変化も関与する可能性が高い。

  • hADで最も強い遺伝的関連が示されているフィラグリン(FLG)遺伝子の機能喪失変異は、cADでは明確な関連性を示していない。cADにおけるGWAS(ゲノムワイド関連解析)では、免疫や表皮分化に関わる複数の遺伝子座が同定されているが、さらなる機能的、発現研究が必要である。

痒み-掻き行動

  • 痒み(瘙痒)は、hADとcADの両方で主要な症状であり、睡眠障害や生活の質の低下を引き起こす。

  • 痒み-掻き行動は、皮膚バリア機能の障害や炎症を悪化させ、痒み-掻きサイクルを形成する。

  • 痒みは、末梢の知覚神経(C線維、Aδ線維)にある受容体が、内因性・外因性の痒み誘発物質と相互作用することで伝達される。

  • 慢性的な痒みは主に非ヒスタミン経路で駆動され、抗ヒスタミン薬の効果が乏しいことが特徴である。

  • 最近のRNAシークエンス研究では、cAD病変皮膚でカテプシンS、サブスタンスP、ニューロメジンB、神経成長因子、ペリオスチンなどの痒み誘発タンパク質や経路の遺伝子発現が上昇していることが明らかになった。

  • IL-31は痒みに関わる重要なメディエーターと考えられているが、RNAシークエンスではその発現上昇は確認されていない。

表皮バリア機能障害

  • 表皮バリアは、水分の過剰な喪失を防ぎ、抗原の侵入を防ぎ、微生物感染を抑制する役割を担っている。

  • hADでは、病変部だけでなく非病変部の皮膚でも、フィラグリン、ロリクリンなどの構造タンパク質、クローディンなどの接着分子、セラミドなどの脂質の機能障害が見られる。

  • これらのバリア機能障害により、皮膚の透過性が増加し、外部刺激の侵入を許容し、炎症性サイトカインが放出される。

  • cADでは、TEWL(経皮水分喪失)の測定などにより皮膚バリア機能が評価されるが、測定方法には限界がある。

  • cADの自然発症モデルや実験モデルでは、フィラグリンやインボルクリンなどの構造タンパク質の発現に関する結果に矛盾が見られる。RNAシークエンス研究では、hADで低下するフィラグリンがcADで上昇していることが示唆された。

免疫応答の異常

  • hADでは、アレルゲンパッチテストで初期にTh2応答が優勢であり、慢性期にはTh1応答に切り替わるという二相性の反応が見られる。

  • hADの遺伝子発現研究では、非病変部でもTNF-α、Th1、Th2、Th17応答遺伝子やバリア成分が発現しており、予防的な抗炎症治療の根拠となっている。

  • cADにおける免疫応答の研究では、Th1、Th2、Treg細胞のマーカーが混在して発現していることが報告されており、hADと同様に慢性期にTh2からTh1へのシフトが示唆されている。

  • 最近のRNAシークエンス研究では、cAD病変部と非病変部で抗菌性カルシウム結合タンパク質、ケモカイン、IL-8、IL-13、IL-26、IL-36Gなどの発現が上昇していることが明らかになった。

  • シングルセルRNAシークエンス研究では、cAD病変部で特異な線維芽細胞とγδT細胞(IL-17A、IL-17F、IL-7RAを発現)の集団が観察され、これらの細胞が治療標的となる可能性が示唆されている。

アトピー性皮膚炎(AD)の治療戦略を改善するための将来の方向性

  • マルチオミクスアプローチの活用
     プロテオミクス、トランスクリプトミクス、機械学習などの高度な技術を用いて、ADの病態をより深く理解し、個々の患者の表現型を特定することが重要である。これにより、より個別化された治療法を開発できる可能性がある。

  • バイオマーカーの同定
    ADの様々な表現型を識別するためのバイオマーカーを同定し、個々の治療反応を予測することが将来の治療戦略において重要である。これにより、治療効果を事前に予測し、最適な治療法を選択できるようになる。

  • 臨床データとの統合
    分子レベルの研究データと臨床データ、治療データを組み合わせることで、ADの異なる表現型をより正確に識別し、個々の治療反応を予測することが期待される。

  • 新しい治療標的の探索
    ADの病態に関わる新しい分子メカニズムや細胞集団(例えば、γδT細胞)を特定し、それらを標的とした治療法の開発が期待される。特に、単一細胞RNAシークエンシングなどの技術を用いて、病変部位における細胞サブポピュレーションを詳細に解析することが重要である 。

  • 皮膚バリア機能の改善
    皮膚バリア機能の障害がADの病態に深く関与しているため、バリア機能を改善する治療戦略が重要である。具体的には、フィラグリンなどの構造タンパク質やセラミドなどの脂質の異常を是正する治療法が求められる。

  • 痒み-掻き行動の抑制
    痒みはADの主要な症状であり、掻き行動は皮膚バリアをさらに悪化させるため、痒みを効果的に抑制する治療法が必要である。特に、IL-31などの非ヒスタミン性痒みに関与する経路を標的とした治療法が有効である可能性がある。

これらの方向性は、cADだけでなく、hADにも共通する課題であり、両者の比較研究を通じて、より効果的な治療戦略を開発することが期待される。現在、cADの研究はhADに比べて遅れている部分があり、特に高価な技術やイヌサンプルへの技術調整が課題となっている。しかし、今後の技術革新や研究の進展により、cADにおいても個別化された治療アプローチが実現する可能性が高まっている。
これらの情報を踏まえ、AD治療は ‘one-size-fits-all’ のアプローチから、個々の患者の病態や分子レベルでの特性に応じた「ターゲットを絞った治療」へと移行していくと考えられます. このようなアプローチにより、より効果的で持続的な治療効果が期待できるようになるであろう。

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